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これは今や我が邦土でも五十歩百歩かも知れない。 「日本とアメリカが戦争したんだって?」「え!?、それでどっちが勝ったの」というやり取りが日本の高校生の間であった(今もある?)という話を産経抄で知ったのはもう十年も前の話だ。『繰り返しません過ちは』などという倒錯した戦争祈念碑があるくらいだから、日本の戦後もどうかしてた。 徒らな経済至上主義で来た戦後を反省する動きがこのバブル後出てきたのは歴史の必然だろう。それに棹さすメディアもまだたくさんあるが、この流れは止まらないと思う。リベラルは今(ナイさんという左翼シンパが唱えた)「ソフトパワー」という耳障りの良いことばに飛びついているが、これは「ハードパワー」がしっかり備わっているから言えること。観念左翼の戯れ言と無視するに限る。 我が国民が中華圏のように「恭喜発財!」、「大吉大利!」だけで満足する民族であるとは到底思えない。シンガポール国民は選挙対策のBonusをもらい与党PAPに信任を与えた。我が国民は以前公明党が作った一人頭幾らという還付(名前は下らないので失念した)を「理由のないお金はもらえません」と拒否した国民もいたくらいだ。我々はこの矜恃を国際的にも凜と示さないと、「愛国中国」、「恨の韓国」にxxの毛まで抜かれることになりかねないと肝に銘じるべきだ。 ◆【産経抄】 香港帰りの友人が土産にくれた小説『為人民服務(人民に奉仕する)』が面白かった。昨年、中国で発禁になった問題作。毛沢東崇拝絶頂期の文化大革命さなか、人民解放軍を舞台にした上官の妻と若い兵士の不倫物語だ。 ▼毛沢東の石膏像を壊しながら二人が異様な性的興奮を覚えるシーンがある。文革という残酷な時代、抑圧された人間の本能が神とあがめる毛沢東像を踏み砕くことで無意識に解放されていくこのあたりの描写が、発禁の主な理由らしい。 ▼それにしても、いまだにこの程度の表現がタブーか、とも思う。だからなのか、若者の文革に対する無知が甚だしいらしい。この小説の著者、閻連科氏(48)自身が友人に語ったそうだ。「息子に文革の話をすると『すごいロマンだね』と言われたことがある」と。 ▼毛主席のあくなき権力欲から始まった、犠牲者一千万人以上ともいわれる凄惨な知識人迫害や秩序破壊をロマンと言われたお父さんの困惑ぶりが目にうかぶ。「わかってない若者」に歴史を語り継ぐ難しさは日本もおなじだが、イデオロギー管理、言論統制が厳しいかの国ではなおさらなのだろう。 ▼今月十六日は、文革発動からちょうど四十年。中国メディアには特に目立った検証報道もない。一方で、紅衛兵姿のウエートレスが給仕するレストランなどが盛況で、文革の商業化、ファッション化も目につく。 ▼文革報道が原因で三十年以上も中国から締め出しを食った小紙としては、やはりここは親切心を出して言わねば気がすまない。「歴史を鑑に」と。あの不条理な時代を繰り返すまいと反省するどころか、訳も分からぬまま憧(あこが)れを感じる若者が増えているのだとしたら、禁書などしている場合ではないだろう、と。 Copyright; 2006 The Sankei Shimbun
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産経新聞を読んで
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よくぞこれだけ言ってくれました。まあ言い放っただけで先方には蛙の面に云々だろうが、言わないよりはずっと増し。発言をもっと先鋭化すべし。彼の国民性にはこれだけ言っても、惻隠の情など露ほどもないのだから。本文は↓で読める。 ◆「靖国」で中国要人と激論 原田衆院外務委員長 中国を訪問していた原田義昭衆院外務委員長(自民党)は二十四日、北京市内で中国の武大偉外務次官、姜恩柱全人代外事委員会主任委員らと相次いで会談し、靖国問題などをめぐり激論を交わした。 武次官は小泉純一郎首相の靖国神社参拝を「A級戦犯が祭られており、首相の参拝はしてほしくない」と批判。原田氏は「靖国神社は敬愛されており、首相の参拝は当たり前。中国政府の批判に圧倒的多くの日本国民と議員は怒りを感じている。中国と同様に日本も誇り高い独立国であって、内政干渉に屈することは断じてできない」と中国側の再考を促した。 同日夜、帰国した原田氏は「日本国内の意見を中国は正確に知る必要がある」と話した。 Copyright; 2006 The Sankei Shimbun
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歓迎式典の模様は出張先パキスタン・ラホールで見た(現地の友人との夕食があったが、イスラム家庭の夕食は遅く9時頃からなので、ホテルの部屋でたっぷり見させてもらった。CNN、BBC、FOXとも全て生中継、パキスタンもこの5年で大分変わったものだ)。 唐家せんやら失脚しそうな外相やらが居並ぶ中で、相変わらずのやらせ的な舞台作り、国賓とVIP扱い、どこが違うのかななどと思いながら眺めていると、突然画面は緊迫した画面に移った。 Chinese系の中年女性がカメラ席から舞台に向かって大騒ぎしているではないか。多分十分以上も続いたと思うが、不思議にカメラ席にいるカメラマンや記者たち(China系も含め)はこれを制止しない(逆にマイクを向けて喋らせているが如きだ)。Hu氏は当然この騒ぎを無視して喋り続けていたが、顔色がみるみる変わっていくのが誰でも見て取れた。これに比べブッシュさん大物だ。笑みさえ浮かべていた。アメリカの懐の深さ、鷹揚さ。 これに先立ち、ブッシュからhuman rights and worshipをvalueする等と厳しい発言が出て来るに従いHu氏の顔色が段々厳しくなってきたな、日本の指導者からもこのくらい率直な発言が出ないのだろうかなどと感じていたが、このMis-Hapが後押しして、これで今回はアメリカの完勝だなと思った。 この闖入者が米国在住医師で法輪功信者からの腎臓摘出やらを批判した女性であることを知ったのは翌日(アメリカ夕刻)のテレビだったが(FOXはこれをRight Noisesとさえ言っていた)、翻って日本唯一の国際放送NHK Worldとは一体何のためにあるのだ。Live放送のないのは良しとして、翌日のニュースでもこの騒ぎを一言も報道していないではないか。FOXでもCNNでもスタンスは異なるとは言え、Whitehouse周辺のデモ騒ぎと重ね、この事件を式典と同列に放映したと言うのに。 この騒ぎを跳ね上がりと呼ぶのに異論はない。それなら同じ跳ね上がりのイラクでの反米デモ、ネパールでの大騒ぎをあれだけ大げさ且つ情緒的に映すことと対照的なこの報道は一体何なのだろう。悪を悪ともはっきり言えないこんな報道機関ならChinaからその減収分を補ってもらえば良い。 ◆米中首脳会談 歓迎式典トラブル相次ぐ ホワイトハウスで二十日行われた胡錦濤・中国国家主席の歓迎式典で、記者席にいた中国人らしい中年女性が演説中の胡氏に向けて突然、叫び始め、警備係官に排除される一幕があった。この女性は、中国で弾圧されている気功集団「法輪功」の名を挙げて迫害の阻止を訴えており、同団体の関係者とみられる。 このほか歓迎式典では、中国国歌の吹奏にあたり、米側が「中華民国国歌」と誤ってアナウンスするなど、トラブルが続いた。(ワシントン 山本秀也) Copyright; 2006 The Sankei Shimbun
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日本文化の発信性は理解している積もりだが、「英語を話すサル」には発信してもらいたくない。少なくとも日本人としての「人格」、国を背負う「責任感」と「母国語」に対する愛情を持った人に、外国暮らしをしてもらいたい。 ◆【紙面批評】インターアクト・ジャパン社長 帯野久美子 「英語を話すサル」はいらない 四月。桜前線が列島をゆっくりと北上している。今年も美しい季節がやってきた。満開のさくらは私たちに日本の精神をも思いださせてくれる。 世界は日本の精神をどうみているのか? 多摩大学学長の中谷巌氏は「『花見』の楽しさに気づいた西洋人」と題する「正論」(八日)で、こう語っている。「最近、花見に限らず、日本文化が世界的に見直されている」。日本食しかり、アニメしかりで、日本製品の評価が高いのも、「職人気質や花鳥風月を愛でる文化的伝統が普遍的な価値を持つものとして認められている証拠である」と。 ≪何を指導したのか≫ 氏はまた文化を吸収する側から発信する側に回ろうとしている今、「日本文化の本質が何であるのか、われわれ日本人自身がより明確にする必要があるだろう」と述べ、最後に日本の教育も文化「吸収型」から文化「発信型」に転換していかなければならないと、グローバル時代の教育のあり方を示している。 一方、前日(七日)の「正論」では、国際教養大学理事長・学長の中嶋嶺雄氏が、教育機関として日本の大学が国際レベルを大きく下回っていることを指摘。その最大の原因として一九九一年の大学設置基準の改定で、大学の学部から教養教育が消えたことを挙げている。確かに日本の大学では英語教育や教養教育にこれといった指針もないのがほとんどだ。大学の国際化など二十年前から叫ばれてきたというのに。文科省は何を指導してきたのだろうか。 英語教育をめぐっては先月二十七日、中央教育審議会の外国語専門部会が、小学校五年から英語を必修化すべきだとの報告書をまとめた。九割以上の小学校でなんらかの英語活動が導入されていることや、保護者の七割が必修化に賛成していることなどが理由に挙げられているが、これに対して産経では国語力の低下を心配する記事が目立った(三月二十九日主張など)。 二十九日の「産経抄」も、英語の強制をやめるべきだという改革試案を発表した平泉渉参院議員に対し、上智大学教授の渡部昇一氏が猛反対したという昭和四十九年の「英語教育大論争」を例にとり、「今こそ平成の英語教育大論争が必要ではないか。必修化はそれからでも遅くない」と説いている。 しかし、大切なことは言葉の力よりも何を発信するのか、その中身だ。作家の塩野七生氏が言うには、外国語という道具を手にする前に習得しておくべきことは三つ。まずは「一般教養で育成された人格」、つぎに「自分の言に責任をもつ習慣」、そして「完璧な母国語」で、これができないと「英語を話すサル」になってしまう(「ローマの街角から」)。実際、いくら英語を話せてもアイデンティティーを持っていない人は国際社会では尊敬されていない。 ≪軍国主義は時代錯誤だ≫ アイデンティティーを育む上で大切な「愛国心」の表現をめぐっては、与党間で意見が割れていた。自民案の「国を愛するこころ」と公明案の「国を大切にするこころ」。たった三文字の違いでも現行法の「教育は不当な支配に屈することなく−」という文言が国旗・国歌の反対運動に利用されてきたことを考えれば、極めて重要な問題だ。 結局、与党の教育基本法改正検討会は「国と郷土を愛する(態度)」で合意した。まさに自公妥協の産物で、愛国心を教えることにこれほど議論を要する国も珍しいが、なぜそれが軍国主義につながっていくのか、時代錯誤もはなはだしい。 国を愛するこころもなく、国旗も見上げず、国歌も歌わない。私たちはこんな若者を国際社会に送りこもうとしているのか? 「英語を話すサルなどいらない」。通訳会社の社長としては、これだけはハッキリと言っておきたい。(大阪本社発行最終版による) Copyright; 2006 The Sankei Shimbun
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予想できたが日本でこんな勝手な批判が出ていることは知らなかった。イチローも立派、松井も立派。これも武士道だ。このインタビューから松井の本音が透けて見える。国を飛び出し実力・結果でしか評価されない舞台で三年、まだ到底満足している状況ではないのだろう。やることはまだ山ほどあるというのが松井選手の本音だろう。日本人のこの情緒的なジェラシーは無視して、今シーズンも全力を尽くして下さい。 ◆WBC「辞退は信念」 松井秀選手 【サンフランシスコ=清水満】米大リーグは二日(日本時間三日朝)、開幕。四年目のシーズンに突入するヤンキースの松井秀喜外野手(31)は産経新聞の単独インタビューに応じ、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表参加の辞退について「ボクの信念」と語った。内外からの批判の声には「最初から予想できていた。でも、ボクが(信念を持って)突き進むことで、ファンが喜んでくれると信じている」とヤンキースの一員として結果を出すことで、ファンの理解を得ることを明らかにした。 一方、日本代表チームが優勝を飾ったことについては「実力が世界に伝わった。日本の人が改めて野球に関心を持ってくれたことは大きい」と評価した。 また、今季から四年総額五千二百万ドル(約六十一億円)の大型契約をヤンキースと結んだことについては「いくらだから、責任が重くなる、というのはない」とした上で「ボク自身は十分に働いたと思っている」と語った。 ◆大きな気持ちで世界一狙う 松井選手の一問一答 ヤンキースの松井秀喜外野手は、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)不参加問題に、みけんにしわを寄せながらも「辞退はボクの信念」と答えた。インタビュー場所はオープン戦最後の試合が行われた、米アリゾナ州フェニックスのチェイス・フィールドのロッカールーム。二〇〇〇年以来、チームは世界一から遠ざかっているが、「選手の気持ちが大きければ世界一になれる」と力を込めた。(サンフランシスコ 清水満) −−WBCに出なかったことで、“ルーザー(負け犬)”などと、酷評されたこともあるが… 「断った時点で最初から予想していた。それを理解したうえで、いま受け止めている。ボクの信念で、この時期に(ヤンキースの一員として)調整してることが一番大切な問題だと思ってましたから。ええ、(WBCで)勝ったから出た方がよかったんではとか、負けたら、出ないでよかった、なんていう人もいるけど、どっちがいいかなんて、答えは出ないと思う。ボクが(出場しないと)結論を出した時点でそれはすべて終わっていたことです。支持してくれる人もいるでしょうが、批判する人もいる。それはそれで、しょうがないことです」 −−でも松井が出てほしいと思ったファンは多かったのでは? 「日本のユニホームで、『JAPAN』で、という人はたくさんいたと思う。でも、いまはニューヨークでボクが力を出していくこと、(信念を持って)突き進んでいくことでそれが(チームが世界一という)大きな力になれば、結果的に喜んでもらえると思ってます」 −−そんなWBC優勝で日本球界は盛り上がりを見せていますが 「それは本当によかったと思ってます。アメリカを中心としてやってきた野球ですが、今回で日本の実力が世界に伝わった。そして日本の人たちが改めて野球に関心を持ってくれたことは大きいです。(ボクが)出てる出てないに限らず、すごくうれしいです」 ◇ ≪大型契約の重圧感じぬ≫ −−今季から四年総額五千二百万ドル(約六十一億円)の大型契約を結びました。メジャーの選手でもなかなかいない額。プレッシャーがあるのでは 「無責任かもしれませんが、ないです。いくらだから、責任が重くなるか、そうではない。チームの一員としてグラウンドに出る。それが期待されていることであって、お金の多い少ないではない。ボク自身は十分に働いていると思っているし、自分のフォーカス(焦点)もそちらに向くことはないです」 ≪過去三年間、松井はヤンキースで全試合に出場、日本からの連続出場試合は1737。打点は106、108、116と確実に伸ばしている。昨年の契約更改が長引いた時、トーリ監督は、「世界中のお金を集めても残ってもらいたい」。さらに常日ごろから「彼ほど献身的で、チャンスに強い打者はいない」とたたえている≫ −−四年目を迎えますが、過去三年間を振り返っていかがですか 「過去、数字的には決して満足しているわけではないですが、全部の試合に出られたことは大きいですね。ボクにとって最低線の目標でありましたが、成績がついていかないと出られない。これに対する準備と体調管理をしてきた結果だと思ってます」 −−何をすれば世界一になれますか? 「ヤンキースという伝統があるチームで勝ちたい。でも、ボクが特別なことをするとか、できるとも思わない。たとえば、何年か前のボンズ(ジャイアンツ)のようにボクが70本以上、ホームランを打ったとします。でも、プレーオフさえ出られない。それではダメです。ボクが一人で何かをするかでなく、ボクはボクがやれることをどれだけ準備して、グラウンドで勝つために何ができるかなんです。一人の力は小さなものですが、みんながそういう気持ちでいるかが大事。このチームにはそんなスピリッツがあるんです。選手の気持ちが大きければ、(世界一に)なれます」 ◇ ≪日本の桜がマイブーム≫ −−ところでいま、マイブームはありますか? 「桜かな。日本からきれいな桜の写真を送ってもらったんです。いつもパソコンを開いて見てます。日本というのはいろいろ情緒的なものが多いですよね。桜とか新緑、紅葉とか…。こっちは遠征ばかりで、なかなかそういう風情に接することがない。何か、心が落ち着くんですよ、特に桜が。子供のころ、家にも桜の木があったんです。東京の家の近くにも…。桜って一瞬しか咲かない。ボク、散っていく桜を見るのが好き。はかなく、潔いというか、ええ、武士道的にたとえられますが、そういうのが好きなんですよねぇ」 −−で、結婚観について聞きたいのですが 「う〜ん、そういうのってまだないですね。プロに入った時は早くしようと思ったんですが。でも、そういう女性の存在というのはいろんな意味でプラスになると思います。してる、してないにかかわらず。理想はある程度、ボクが思っている夢を一緒に応援してくれる人というか、お互いの尊重と成長の中で、どこでそういう気持ちになるかですね」 ◇ 不参加の松井に冷たい視線が送られているが、夢である最高峰のメジャーでのワールドシリーズ制覇の道を選択したことに悔いはない。今回のWBC、結果的に世界一になったが、松井をめぐり舞台裏ではきな臭い話もあった。「誰のおかげでヤンキースに行けたと思ってるんだ」「巨人に恩義はないのか」。しかし松井は「ボクの決断。もう、終わったこと」で終止符を打って、次へ進む。 Copyright; 2006 The Sankei Shimbun
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