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栗山氏意見の最後、『負けた人からは「公平ではない」と思えるかもしれないが、勝者が書いた歴史が歴史として受け入れられている。そのことを日本人は受け入れないといけない。』、これは全くの暴論、贖罪歴史観の典型だ。ブッシュ大統領がヤルタ会談は歴史の失敗だったと昨年述べたことを彼はどう評価するのだろう。米国が「靖国参拝」を寧ろ評価している理由を彼はどう考えているのだろう。 ◆膠着する日中関係 「中止を」元駐米大使・栗山尚一氏 和解努力必要高まるナショナリズムに危機感 日中関係は、中国が首脳会談開催に応じず、打開に向けた糸口を見いだせない状態が続いている。中国が小泉純一郎首相の靖国神社問題を外交カードにする以上、根本的な関係改善は困難との見方が強いなか、首相の靖国参拝中止を求めた論文「和解−日本外交の課題」を「外交フォーラム」一月号と二月号に発表した元駐米大使の栗山尚一氏と、参拝継続を求める杏林大客員教授の田久保忠衛氏に話を聞いた。(聞き手 阿比留瑠比、大谷次郎) −−小泉首相に靖国神社参拝中止を求めた真意は 「戦争で亡くなられた方々の追悼」「二度と戦争はしてはいけないという不戦の誓い」をするために参拝しているという首相の心情は全く疑っていない。また、日中間の和解がうまくいかない責任の半分は中国側にある。 しかし、加害者である日本がやはり歴史を直視し、反省し、日本の外交政策や対アジア政策に反映させる努力を続けなければならない。中国や韓国が、戦後の日本は戦前とは違うと評価して、初めて和解が実現する。近隣国との関係が安定することは日本の安全保障にとって大事だし、和解がうまくできるかどうかで日本の国としての姿、品格が違ってくると思う。 −−首相は「靖国問題で譲れば日中間がうまくいく、という問題ではない」と指摘している 和解を困難にしている最大の理由は中国側のナショナリズム。中国共産党が正統性を国内的に主張する最大の理由は、抗日戦争に勝ったということ。確かに、日本の首相が参拝を自粛しても、中国が歴史問題を提起しなくなることは予想できない。東シナ海の石油ガス田の問題にしろ、尖閣諸島の領有権の問題にしろ、日本の国連安全保障理事会の常任理事国入りにしろ、中国の対日政策が目立って変わることを期待するのは現実的ではない。 だからといって、日本が和解の努力をしないことは、外交姿勢の問題として間違っている。和解は中国とだけの問題ではない。日本の国際社会全体とのかかわり合いの問題だ。 −−戦後、多くの首相が靖国神社に参拝しているのも間違いか そう思っている。外務省の現役官僚だったときは、ときの政治判断と違うことを言うことは控えていたが、個人的には二十世紀前半の日本がとった政策は一貫して間違っていたと思う。 戦争の犠牲になられた方の大部分の人は純粋に国のために戦って命を落としたと思う。その霊を追悼するのは日本人として当然やっておかしくないことだ。しかし、首相や政府の責任ある立場の人が靖国神社を参拝することで、「果たして純粋にそうなのかな」という印象を国際的に与えることは間違いない。 −−この時期に論文を書いた理由は ナショナリズムの高まりに非常に危機感を持っている。江沢民前国家主席は平成十年の来日時に日本人のナショナリズムを刺激し、対中感情を悪くした。近年、日本のナショナリズムは強くなっており、国際社会からみると「日本はどこに行くのだろうか」という漠とした不安感が出てきているのではないか。 −−国際社会の不安感は誤解に基づくものではないか そこはちょっと違う。ドイツと比較して、戦後の日本は帝国主義政策、膨張政策をとった二十世紀前半の行為について、きちんとした総括をしなかったところが問題として残る。 −−さきの大戦に対する歴史的評価は定まっていないのではないか 外務省条約局長時代、私は国会で「国際社会では、あれは侵略戦争だ、というのが評価です」と言った。日本人はその評価に異論があるかもしれないが、国際社会の判断はすでに下されている。米国に日本の首相が「あの戦争は自衛のための戦争だった」と言ったら、日米関係はもたない。 人類の歴史は、残念ながら常に戦争を繰り返してきた。その歴史は、ほとんど戦争に勝った側が書いている。負けた人からは「公平ではない」と思えるかもしれないが、勝者が書いた歴史が歴史として受け入れられている。そのことを日本人は受け入れないといけない。 ◆「継続を」 杏林大客員教授・田久保忠衛氏 被害者と加害者、単純には割りきれない 栗山氏は対中、対韓外交が行き詰まっているように言うが、小泉首相が靖国神社を参拝する前までが、いささか異常だったのではないか。戦後、日本は慰安婦問題や教科書問題などで要らざる謝罪をしてしまった。その総決算が平成七年の「痛切な反省と心からのおわび」の「村山談話」だ。首相はその路線に乗ってはいるが、靖国問題はそれを正しい方向に修正する一つの動きだと思う。「内政干渉に対してまで謝罪できない」ときちんと示すことで、中長期的には主権国家同士の付き合いができる。 栗山氏の歴史観は、満州事変とその少し前から昭和二十年の敗戦までの日中関係だけに限定して、ものを言っているようだ。日本を戦争へと導いたのは何か、満州事変がなぜ起こったのか。それ以前の歴史を調べないといけない。日中関係、米国のアジア政策、そして旧ソ連のアジア政策という三つの観点から歴史を総合的に見ないと正しい歴史観は生まれない。あの戦争は多面的で「被害者と加害者」という単純な方程式で割り切るには複雑すぎる。 栗山氏は論文で「自衛隊は立派な軍事力だ」と言うが、ハード面、兵器だけしか見ていない。自衛隊はソフト面で旧軍隊とは似ても似つかない。自衛隊法は警察法体系に準じていて、海外派遣するにも特別法を作らないと何もできない。これを、民主主義の下で普通の軍隊にしようという憲法改正の動きがなぜナショナリズムなのか。 徐々に日本人としての歴史観を築き上げていくべきだ。建前としては全方位外交でいいが、おのずと優先順位はつく。一番重要なのは日米同盟だ。中国は軍事的に脅威になりつつあり、日米同盟関係を一層、密にするのは当然だ。(談) Copyright; 2006 The Sankei Shimbun
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産経新聞を読んで
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NHK、新聞も怖いので解説しないのが「北朝鮮経済制裁」の方法。押し込まれると怖いので具体論は口をつぐむばかり。「ペンは力なり」などといった正義感は新聞週間の際だけの死語になった。 これで言論の府と言えるのかと真面目に目をむくのはもう已めることとしよう。一億二千七百万人の日本人で「拉致は当然」などと反応する人はまずいまい。それなら皆で知恵を絞り、妙手、奇手を作り出し対抗しようではないか。 入港制限などナンセンス。「どんどん寄港してください。その替わり屯税(入港税)を十倍にします」ぐらいのことをしたらどうか。二百億円売り上げているというニセたばこがあるなら、JTは「マイルドセブン」を正規輸入してあげたらどうか。輸入税100%課徴して(ルート把握の後「入禁」にする)。もっとも煙が多くすえたものではないだろうが。 昔「目安箱」といったしくみがあった。既に行動の秋(とき)。この一億人の怒りを実体的なものにするため政府もいよいよ民意に諮ったらどうか。 ◆【産経抄】 戦略家ニクソンはガチガチのソ連を相手に、ハナから民主主義を語る気はなかった。聞く耳を持たない相手に、言葉を尽くしても無駄との判断だ。ニクソンの狙いはただ一つ。ソ連の一般家庭にないテレビや洗濯機を並べ、物質文明のすごさを見せつけることだ。 ▼一九五九年の訪ソで、米国の副大統領ニクソンが仕組んだ対ソ宣伝戦だ。モデルハウスに浴室が二室、台所には皿洗い機と乾燥機を置いた。ソ連指導者のフルシチョフは「馬鹿げたカラクリをほしがるものか」と切歯扼腕した。(『もうひとつの愛を哲学する』) ▼延べ二十時間に及んだ日朝協議を眺めれば、「ニクソン流」が妙手かもしれない。拉致事件さえシラを切った北朝鮮だ。拉致犯の辛光洙容疑者は「国家的英雄」などと天地が逆転している。聞く耳を持たぬ国には、あの手この手で崩してやろう。 ▼米国が強硬策をとる間は決まって日本にすり寄るポーズをとる。日本が拉致事件で押すと、日本の植民地支配を出して相殺する。辛容疑者の引き渡し要求には、脱北者支援のNGO関係者の引き渡し要求で押し返す。あきれるとはこのことだ。 ▼まずいのは犯罪に対する甘い政治決着だ。古くはハイジャック犯を「人命は地球より重い」と逃した首相がいた。韓国の介入で起きた金大中事件を「パーにしよう」と捜査中止の角栄流がある。娘の外相も不法入国の金正日総書記の長男、正男を「追い出しなさい」だった。これでは北に足元を見られる。 ▼違法行為には断固たる対処しかない。拉致被害者の奪還のための経済制裁は当然入る。北向けの短波放送、携帯電話に日本情報を送りつける。国連は人権委ではなく総会で論じてやろう。もっとあの手この手はないか。 Copyright; 2006 The Sankei Shimbun
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世界人口の6割を占めるアジアは広い。 シンガポールの指導者は「Chinaと日本を選ばせないでくれ」などと商都市らしく抜け目ないが、東南アジア・南西アジアの人々の反応はChineseであれMuslimであれ、こんなもんだ。日本は東南アジアはもちろん、シンガポール以西にある親日国家群を大事にせねばならない。中東・中央アジアまで展望すれば20カ国弱、人口13億人。われわれと異なるおおむね温和な気候に支えられた別の人生観がある。 ◆【風を読む】論説副委員長 中静敬一郎 ベトナムの人たちが小泉純一郎首相の靖国神社参拝をどうみているかという興味深い「訪問記」が、民主党の松原仁衆院議員のホームページに掲載されている。松原氏は昨年十二月、日越議員連盟の一員として現地入りし、多くの市民たちとの語らいの中で、靖国問題と「中国をどう思うか」の二つを常に尋ねたという。 靖国への答えは、総じて「関心がなかった」が、松原氏は、首相の参拝はアジア人の怒りに火をつけたとする中国の主張とA級戦犯の合祀をどう思うかを聞いた。 アジア人の怒りへの答えは「少なくともそれは事実と異なる。我々は思っていない」であり、合祀では、ある女性が「私たちの文化は大乗仏教であって、死んだ人間は善人も悪人も皆仏様である。それゆえに死者にむち打つことはあり得ない」と弁じた。中国には「多くが『こわい国』と認識していた」と松原氏は紹介している。ベトナム人の死生観は日本人と相通じるものがあるといえ、アジアの多様性と重層性を物語る。 その意味でインドネシアのユドヨノ大統領が今月九日、ジャカルタを訪問した山崎拓前自民党副総裁に対し、「我々は(日本の)過去を問う考えはない」と語ったことの意義も小さくない。 結局、温家宝中国首相らが「首相参拝はアジアの人々の感情を傷つけた」というのは何を意味したのだろう。逆にベトナム人の中国への恐怖に、アジアの人々の感情を読み解く手がかりがあるかもしれない。中国が先の大戦以降、軍事力を行使したのはベトナム侵攻を含め十五回だ。だが中国外務省の秦剛報道官は昨年十二月、「中国の脅威」発言に関連、「中国は他国の領土で殺戮行為をしたことはない」と言い切った。 こうした偽情報に踊らされるような人がいるとは思えないが…。 Copyright; 2006 The Sankei Shimbun All rights reserved. 日越議員連盟ベトナム訪問の記 2005.12.17[Sat](松原仁衆院議員Websiteより) 去る12月9日より13日まで、衆議院の派遣による訪問団の一員としてベトナムを訪れた。この訪問団の主たる目的は、日越友好を実現しつつ、この12月にダラットにおいて行われている花の祭典、フラワーフェスティバルとその開会式に先立って行われたフラワーツーリズム推進会議に参加をするためであった。 この全行程を通じて、ベトナムの人たちがいかに親日的であるのか、そして日本に期待しているかということが強く印象に残った。こうした中において、政治的命題として二つのことがあげられた。ひとつは日本がベトナムに対して行うべきこととして、WTO加盟の実現の為に応援団を務めるということであり、もうひとつは日本の国連安保理常任理事国入りに対してベトナムは支援を惜しまないということであった。 まさに両国のこうした主張を踏まえ政治的には利害は一致しているようにも思えた。タイトなスケジュールをこなしつつ、同時に私は、その他の機会を活用して、一般のベトナムの知的市民と多くの語らいをしてきた。私は常に、中国をどう思うかと彼らに問い、更に靖国神社に対する日本国総理大臣の参拝をどう思うかと問いかけた。 前者については、多くのベトナム市民が「こわい国」として中国を認識していた。中には、「ベトナムは中国と15回戦争をし、13勝2敗であるが、しかし、その1回目の敗戦の後千年の中国支配下にあった。わがベトナムにとって 100年の支配をしたフランスは許されないが、千年の支配をした中国はもっと許されない。」と語る知識人もいた。 私は中国を一時期支配したモンゴル帝国、元王朝が日本の九州に2度の上陸を試みて失敗したことを語ったが、三度目の日本遠征を取りやめてベトナムにその矛先を向けたことが、もしかしたら今日の日本の繁栄の基盤にあるならば、日本とベトナムとの対中国における連携は千年の歴史があるのだとすら思った。 次に靖国神社のことを多くの一般の方々と話し合った。押しなべて靖国については関心が無かった。中国が日本の総理大臣の靖国神社参拝はアジア人の怒りに火をつけたといっていることについてどう思うかと聞いたところ、「少なくともそれは事実と異なる。我々は思っていない」と語った。私は、あえてA級戦犯の合祀について説明をしたが、ある女性は、「私たちの文化は大乗仏教であって、死んだ人間は善人も悪人も皆仏様である。それゆえに死者に鞭打つことはあり得ない」と答えた。 われわれ日本人の多くはアジアというと中国と韓半島を考える。しかしアジアは広い。中国の中にも歴史的に本来、中国とは異なる地理的風土と文化的背景を持つところもある。アジアには多くのイスラム諸国と大乗仏教の国、小乗仏教の国がある。 我々がアジアの一員であることを意識しながら、こうした国々との交流をすすめ、そして、ベトナムに代表される親日的な国との付き合いをその骨格として国際戦略を再構築することが必要である。ODAについても、ベトナムのような同盟国となりうる国にはより重点的に配分するのは当然のことといえよう。
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「法体系」や「監視するためのインフラ」など無くても、悪いことすればお天道様に目を向けられぬといった自己規制が昔の日本人にはあったのだ。Chineseの社会では借金を返すために泥棒するなどといった事件は皆無。彼らはただ踏み倒すだけだから。 またお互いの信頼があったから、家系関係なく有能な次を選ぶといったことが、日本社会では成立したが、他人を信じないChineseは馬鹿息子に次を任せるしかない。 言及されているフランシス・フクヤマの『信なくば立たず』には高信頼国家としてアメリカ、ドイツ、日本が、低信頼国家としてイタリア、ロシア、中国などが挙げられており、何となく肯けるが、平成になった日本は寧ろ後者に属しているかも知れない。 ◆【正論】中谷巌 日本社会を蝕む倫理教育の欠如 忘れられた高度信頼社会の土台 ≪日本人の美意識とは相反≫ ライブドア・ショックと耐震強度偽装問題が日本社会を揺るがせている。関係者の犯罪の中身については厳密な検証が必要であるにしても、これほど堂々と人を欺き、裏切ることが日常化した日本という国の行く末に不安を抱いた人も多いのではないか。 問題の根幹は少なくとも二つある。ひとつは、この十数年、様々な分野で規制緩和が推進されてきたが、それに伴う法体系の整備や企業の自由な行動を監視するためのインフラが不十分という問題だ。 日本社会は規制による「事前チェック」の体制から、自由化と「事後チェック」の体制に移行する必要があるが、それがまだ不十分にとどまっている。これは所轄政府機関の怠慢であり、早急に「市場の番人」としての体制を創りあげる必要がある。 もう一つのより重要な問題は日本人の倫理欠如だ。「悪いことをしても露見しないならやっても良い」とか、「隙あらば人を欺いても、うまい汁を吸おう」という考え方は、もとより伝統的日本人の美意識からすれば許容できないところである。 『武士道』の著者、新渡戸稲造はこう書いている。 「武士道の本性、すなわち算術で計算できない名誉を重んじるという特質は、近代の経済学以上に、はるかな真実の教えを人々に教えた」(原文は英文、奈良本辰也訳) ただし、倫理欠如は日本固有の問題というより、人類普遍の問題だ。プラトンの『国家』には自分を透明人間に変身させる不思議な指輪を拾った羊飼いギュゲスの話が出てくる。ギュゲスは透明人間に変身すれば悪事が露見しないことを良いことに、結局、国王の地位にまで上りつめてしまう。「悪いことをしても露見しない時に、人はいかに振る舞うべきか」。これこそプラトンが『国家』で展開した正義論の核心であった。 戦後のいわゆる民主主義教育は、こうした倫理の基本について教えることを回避してきた。およそ教室では「人は何のために生きるのか」「どのように生きなければならないか」といった哲学的話題がまともに取り上げられることはなかった。 ≪教養教育の欠如も一因か≫ そのようなカリキュラムは意図的に切り捨てられたといってよい。この倫理教育の欠如こそ、日本社会をむしばみつつある病の温床であり、いま世間を騒がせているライブドア事件や耐震強度偽装問題の根本に横たわる問題ではないだろうか。 明治維新を切り開いた先人たちは、今日の日本人とは違ったようである。西洋文明を吸収するため派遣された岩倉具視遣欧使節団の若き一行は、英語が流暢に話せたわけでもなく西洋流のマナーを身につけていたわけでもなかった。しかし、彼らの多くは四書五経をはじめとする古典に親しみ、教養豊かであった。 教養とは「人はいかに生きるべきか」といった人間存在の根元について思索することで培われるものである。彼らの立ち居振る舞いは西洋流のマナーにはそぐわなかったが、「教養が滲み出ていた」ため欧米各地で熱狂的に歓迎されたという(泉三郎著『堂々たる日本人』)。 残念ながら、現代の日本人が立ち居振る舞いの優雅さによって、あるいはその教養の豊かさによって、外国の人たちに感銘を与えたという話は寡聞にして知らない。そういう人が皆無とは言わないが、戦後教育が知識詰め込み中心で、心や倫理の問題を教える教養教育が欠如したものであったことに責任の一端があるように思えてならない。 ここで重要なことは、市場経済を支える最重要のインフラは、市場参加者の倫理だという点である。フランシス・フクヤマは著書『信なくば立たず』(加藤寛訳)のなかで、日本の経済発展を支えた最大のポイントは、日本が高度信頼社会であったことだと指摘した。 ≪相互信頼欠けば発展なし≫ 互いの信頼を裏切らない誠実な精神風土があったから、身内でもない人に企業経営を任すことができた。それがファミリービジネスを専門経営者による大企業ビジネスにいち早く引き上げる重要な要素になったというのである。逆に、人々の間で相互信頼が欠如する場合には、取引コストがかかりすぎるために市場経済は発展しない。 ライブドア事件や耐震強度偽装問題は、高度信頼社会の土台を揺るがしかねない危うさを秘めている。日本という国を礼節を弁(わきま)えた高度信頼社会にとどめておくには何が必要なのか。これこそ今、日本が取り組むべき最重要な政策課題なのではあるまいか。 (三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長、多摩大学学長 なかたに いわお)
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ホリエモン騒動の陰に隠れているが、それ以上に由々しい事件。ヤマハ発もやはり二流会社だったことが露呈した。同社Websiteもよれば、1987年に世界初の産業用無人ヘリコプターを完成させ、1991年、「設計、開発、販売、普及、サービスを推進する為に」スカイ事業部が設立されたと。15年もこの事業をやっていて、NASAへの納入実績があるにも拘わらず、「今回の輸出が違法なものとは思っていなかった」わけはない。 ◆無人ヘリ対中不正輸出 人民解放軍入手か ヤマハ発を外為法違反容疑で捜索 「軍事転用も可能」 ヤマハ発動機(静岡県磐田市)が、生物化学兵器などの散布に転用できる無人ヘリコプターを中国に無許可で輸出しようとしたとして、静岡、福岡両県警と名古屋税関は二十三日、外為法違反(無許可輸出)の疑いで、同本社などを家宅捜索した。両県警は経済産業省が同日、同社を刑事告発したのを受けて捜索に着手。輸出済みの機体の一部は中国人民解放軍の手に渡っている可能性もあるとみて、資料の分析を急ぐ。 捜索を受けたのはヤマハ発動機スカイ事業部のほか静岡、熊本両県、東京都などの関係二十カ所。 調べによると、同社は昨年十二月二十一日、農薬散布や空中撮影などに使う多目的用途の無人ヘリコプター「RMAX TypeIIG」型一機を、経産相の許可を得ないで中国・北京の航空専門会社「BVE社」に輸出しようとした疑い。 ヤマハ発動機によると、同社は平成十三年以降、BVE社に「RMAX TypeIIG」型を改良した「RMAX L181」型(全長約三・六メートル、千五百七十五万円)を九機輸出し、昨年十二月に十機目の輸出申請をしていた。 外為法では二十リットルを超えて運搬することができる無人ヘリコプターは大量破壊兵器関連として全地域を対象に輸出許可が必要とされている。経産省は、昨年、同社に立ち入り調査を行い今回輸出しようとした「TypeIIG」型が規制対象に該当すると判断し、告発に踏み切った。 両県警は、輸出先のBVE社が自社のホームページで、ヤマハ発動機製の無人ヘリコプターを示し、「軍事分野への転用が可能」などとしていることなどから、無人ヘリコプターの一部が中国人民解放軍に渡っている可能性もあるとみて調べる。 ◇ 静岡県磐田市のヤマハ発動機本社には、二十三日午前八時半すぎ、捜査員約百八十人が家宅捜索に入った。これを受けて午前九時半から会見した大坪豊生・広報担当取締役は「お騒がせしたことを申し訳なく思っている。告発、捜索を受けているが、全面的に協力していく。今回の輸出が違法なものとは思っていなかった」と述べ、違法性の認識はなかったことを強調した。 同社によると、問題になっている「L181」型は、経産相の許可が必要な自律型無人ヘリではなく、操縦者が機体を目視して操作する「マニュアルタイプ」と主張している。同社はこれまでに「L181」型を米国三十九機、韓国十六機、中国九機、マレーシア三機、スウェーデン、フランス各二機、オーストラリア、台湾各一機の計七十三機を輸出しているという。 ◇ 【用語解説】外国為替法 「外国為替及び外国貿易法」は、国際平和、安全維持を妨げる恐れから軍事転用可能な製品の輸出を厳格に規制。経済産業相の許可を求めている。ヤマハ発動機が無許可輸出しようとした無人航空機は、航空機部品、化学薬品とともに、輸出管理令のリストで規制品に指定。不正輸出の罰則は、5年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金。行為者のほか法人も罰せられる。 Copyright; 2006 The Sankei Shimbun
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