|
「無策」現役大臣の妄言は置くとして、言及されている村田良平氏は外務省の「良心」。この本に先立つ『海洋をめぐる世界と日本』(2001年、成山堂)で日本の海岸線は世界八位(北方領土を含めると七位)でChina(九位)よりも長く、EEZ(排他的経済水域=要するに海の経済領域)は世界七位(これも北方領土を含めるとロシアと匹敵する6位)であることを教わった。つまり日本は領土的にも世界の小国ではないのだ。Chinaが海の権益に固執するのも納得するというものだ。その見地から『海が日本の将来を決める』という発想も肯ける。 ◆【風を読む】論説委員長・千野境子 「やっぱり」だった。東シナ海のガス田開発をめぐって、二階俊博経済産業相が地元和歌山で「私はその道(試掘)を取らない。中国側と粘り強く交渉しなければならない」と述べたこと。 江沢民前国家主席の銅像を建てようかというくらいの政治家だから、案の定、懸念は的中した。 試掘せよと言うのではない。交渉中のいま日本が取るべきは曖昧戦略であって、「試掘しない」と断言して失うものはあっても得るものはないと言いたいのだ。 そもそも二階氏の「(中国側と)いきなり衝突することを考えても、ことは解決しない」とする現状認識が解せない。日本は別に衝突しようなどと考えてはいない。試掘の主張はもとより仮に試掘に着手したとしても、国際的に何ら違法でない。 もしそれを言うなら、相手は周辺海域に駆逐艦や軍艦を派遣してきた中国の方だろう。 国境画定をめぐる中越(ベトナム)、中印交渉や香港返還をめぐる中英交渉など対中外交に関わった各国外交官たちが異口同音に強調することは、対中交渉が(1)稀に見る耐久レースになる(2)これほどタフな(手ごわい)相手はいない−ということである。 そんな名だたる相手に「粘り強く交渉」する。それ自体は間違いではないが当然で、大臣には失礼ながら、これでは「無策です」と言っているようなものだ。 それにしても東シナ海、ひいては海洋資源への日本人の関心は低すぎる。元駐米大使の村田良平氏は著書『海が日本の将来を決める』で、日本の海洋政策の問題点として現状維持的な法思想や総合海洋政策の欠如とともに、他の海洋国と比べて国民の海への関心や知識のなさを指摘している。 同感だ。いまや強靭な外交力に世論は不可欠な時代である。 Copyright; 2006 The Sankei Shimbun
All rights reserved. |
産経新聞を読んで
[ リスト | 詳細 ]
|
「肩引き」「傘かしげ」「こぶし腰浮かせ」、何れもきれいな言葉だ。前にも書いたが、今大流行りのキャスター付き旅行鞄の傍若無人ぶりには辟易する。あれが無くなるだけで空港スペースは半分に出来るかも知れない。世界に風呂敷を勧めたら三分の一になるかも知れない。東京メトロの広告を世界の主要空港にも掲げたらどうか。 ◆【主張】公共マナー 「江戸しぐさ」に学びたい 風邪がはやっている。風邪をひけばせきやくしゃみが出るのはやむを得ない。しかし、最低限手で口元を押さえてするのがマナーというものだ。それがこのごろは密室の電車内で、かたわらに人なしといったふうにおおっぴらに無遠慮にする者が増えた。 分別のない子供の話ではない。いい年格好の見た目は紳士淑女にしてかくのごとしなのである。 たばこを吸ってはいけない駅構内で平気で喫煙している者がいる。杖を突く人をはじき飛ばすようにして座席を奪い取る者がいる。目の前に立っている人がいるのに、わざわざ間を空けて席に座って詰めようとしない者がいる。ドア付近にぬうっと突っ立ったまま乗り降りの邪魔をする者がいる。 数え上げればきりがない。日本人はいつからこんなに行儀が悪くなってしまったのか。 その昔、狭い路地ですれ違うとき、ぶつからないように互いに肩を引き合った。雨の日には、人様に滴がかからぬように傘を反対側にかしげた。舟に新しく人が乗り込んできたら、こぶし一つ分詰め合って席を空けてやる気遣いを示した。 これらは「肩引き」「傘かしげ」「こぶし腰浮かせ」と呼ばれる「江戸しぐさ」である。 江戸商人のリーダー格の人たちが身につけるべき心構えとして考案された「江戸しぐさ」は、単に世を渡る手立てではなく高潔な人生哲学に裏打ちされていた。 文章にすると形式だけの学習に終わることを嫌ったのか、それはしぐさによって代々伝えられた。江戸文化の成熟とともにそれが次第に江戸庶民の生活道徳、相身互いの生きる知恵として行き渡るようになった。 この「江戸しぐさ」が見直され、公共広告機構がマナーキャンペーンとして取り上げている。東京メトロの駅でその広告を目にした人も少なくなかろう。いま、それが企業や学校へも浸透しつつあるという。歓迎すべきことである。 戦後、自由と民主主義を履き違えた自分勝手な生き方がはびこっている。現代人の行儀の悪さを省みるよすがとして、「江戸しぐさ」という先人の知恵を大いに活用したい。 Copyright; 2006 The Sankei Shimbun
All rights reserved. |
|
湯浅記者に注目している。平成16年末に石井英夫さんが降りた後の「産経抄」の執筆者のお一人のようだが、Outstandingだ。元シンガポール特派員。 こちらではホリエモンを礼賛するエコノミストやマスコミの実態など具(つぶさ)に見ていないが、推測は出来る。旺文社の受験雑誌には「お金入門」などといったものは昔はなかった。付録についていた「坊ちゃん」等を耽読した記憶がある。 大学卒業後、企業では会社のため、今は自分のため、ひたすら金儲けをしてきたが、それに疲れてきた。 一、ウソをつかないこと、 二、収入不相応の生活をしないこと、 三、純財産の十分の一以上の家屋を求めぬこと、 これに見習うこととしよう。 ギリシャの昔から「カネではかることのできない人生の価値」は確かにあるのだから。 ◆【東京特派員】湯浅博 続「時代の寵児」を嗤う もう十カ月も前のこと、ライブドアの堀江貴文社長のことを小欄は「時代の寵児を鬼が嗤う」と書いた。軽佻浮薄の流れに乗って、若き起業家が旧型大企業に挑んでいるような幻覚を振りまいていると断じた。実際は途方もないカネで、営々と築いた会社を乗っ取るマネーゲームの仕掛け人ではないかと。 とたんに「若者の心意気つぶすのか」と一部読者からお叱りを受けた。それは無理からぬことだった。あのころ、宮沢喜一、後藤田正晴、塩川正十郎の各氏、巨頭たちも若き起業家を持ち上げた。テレビをひねっても、流行の言論しか返ってこなかった。 知ってか知らずか、法律家も経済評論家も、経済紙さえも、堀江氏の情報操作に一役買っていたのだから笑えない。売れっ子のエコノミストに至っては、いつ情報収集し、いつ勉強をしているかも疑わしい。 若手の某経済アナリストは雑誌連載が月十九本、朝から晩までテレビ、ラジオに出っ放しで睡眠が三時間だと週刊誌で告白していた。商社系の研究所長はラジオ番組で、経済紙の記事とそっくり同じ「独自の見解」をしゃべっていた。 そんな知識の切り売りや使いまわしに、主婦や若者のお茶の間トレーダーは踊らされた。インターネットの専業証券大手五社の口座数は、昨年だけで百万口座も増えたという。今回の「ライブドア・パニック」はこうした投資家を一斉に売りに走らせた。 ところがプロは違う。阪神電鉄株を買いまくっている村上ファンドの村上世彰代表は、TBS株をさっさと売り抜けている。ホリエモンにいわせると、「勉強しないと、ずる賢い人にだまされてしまいますよ」となるのだろう。 古いとお思いでしょうが、同じ起業家でも明治の財界に頭角をあらわして安田銀行(後の富士銀行)を創業した安田善次郎は違った。十九歳のときに江戸に出た善次郎は三つの誓いを立てる。第一はウソをつかないこと。第二に収入不相応の生活をしないこと。第三に純財産の十分の一以上の家屋を求めぬことだそうだ。 それがホリエモン流は、第一に証券取引法にいう「偽計」と「風説の流布」だから、企業買収をめぐる虚偽の発表と利益の水増しだ。第二に自家用機に彼女を乗せて南太平洋のパラオ旅行(サンスポ紙)だし、第三はご存じのヒルズ族である。いや時代は変わった。善次郎が聞いたらビックリだろう。 それならと、わが子に株の売り買いを勧めて「ヒルズ族」に続けとけしかける親が出てきた。小学生向けの雑誌は「お金入門」を特集した。色鮮やかな人生を、キンピカに染め上げてほしくないものだ。 東京学芸大学の小塩隆士氏の評論は少数派なのではないか。彼は投資家は単に企業業績や経済予測を参考にして株の売買を行っているに過ぎないといっていた。 「そこにもっともらしい解釈を見つけたのは、マスコミであり、いわゆるエコノミストだったのです」(「文藝春秋」平成十一年五月号) そんなエコノミストや弁護士が、東京地検特捜部によるライブドアへの強制捜査で「扇動していました。ごめんなさい」というかと思ったら、すぐに乗り換えていた。「ライブドアのやり方はカンニングと同じ。投資家は数字の偽造を見抜く力をつけること」と個人投資家に責任を転嫁した。 二枚舌の弁護士に言われたくはないが、確かに堀江氏の著書には「人の心はお金で買える」などと露悪趣味なことをいっていた。だからカネを標的に生きるのも、そうでない生き方もまたそれぞれの人生だ。 途中で生き方を変えた人物に作詞家、西條八十がいる。彼は早稲田大学在学中から詩人を目指していたが、どうしたわけか畑の違う兜町の証券取引所に通いつめた。八十は取引場の桟敷に、前場も後場も立ちん坊をした。 「取引株の昂騰はめざましいものであった。有象無象が一攫千金を夢みて兜町や蛎殻町へ押寄せた。わたしもその一人だった」(『唄の自叙伝』) しかし八十は、そんな生活に嫌気して大正五年に小さな出版社に移り、詩作を再開した。そうしてできたのが童謡「かなりや」だ。 歌えなくなったカナリアを山に棄てようか否かを思い悩む例の唄だ。八十はこの童謡についてこんな述懐をしている。 「わたしは兜町通いの間にも、いくたびもこの歌詞のように自分を責める声を聞いた」「本来の使命の詩を書くことを忘れて、錙銖(ししゅ)の利に憂身をやつすようなこの男は、棄ててしまえ、鞭うて、殺してしまえと罵る心内の声を」(同) ホリエモンにそんな内面の苦悩などありうるはずもなかろうが。 【東京特派員】湯浅博 「時代の寵児」を鬼が嗤う [2005年03月11日 東京朝刊] ライブドアの堀江貴文社長は、いまをときめく「メディアの寵児」である。軽佻浮薄の流れに乗って、若き起業家が旧型大企業に挑んでいるような幻覚を振りまいている。 実際は、途方もないカネで、営々と築いた会社を乗っ取るマネーゲームの仕掛け人である。著書によれば、大学の価値は「ブランドと人脈」だそうで、「人の心はお金で買える」と露悪趣味なことをいう。 世間が億のカネに驚いたのは、やはり昭和四十三年の三億円事件までだったなと思う。それが、バブル経済のころは十億円単位で土地が転がされ、一ケタだと「なんだ一億か」と鈍感になった。 それが今回のニッポン放送株の買収で、氏のライブドアが用意したカネがなんと八百億円。あまりに派手な「堀江現象」に、人の心がすさんでくることを憂う。 いうまでもないことながら、堀江さん、世の中にはカネを標的にしない生き方もあるんです。 いま、教養主義の復権を求める声が出てきたのは、こうした拝金現象の反動か。「高学歴・無教養」への嘆きから、早稲田大学には国際教養学部がスタートし、玉川大学や東京経済大学にも教養プログラムができた。 同じ題名の二冊の『評伝 河合栄治郎』が最近、相次いで出版されたのも、自由主義、教養主義を渇望する文脈から偶然ではない。 戦時下に東京帝大教授の座を追われた河合栄治郎は、堀江氏が享受している個人の自由の殉教者である。戦前の過酷な世界で「左の全体主義」マルクス主義と戦い、やがて「右の全体主義」ファシズムをも批判した唯一の知識人であった。 河合こそは、「損得の岐路に立ったら損する途を選ぶ」ことを信条に、法廷で壮絶な言論の戦いを挑んだ。自由な社会は、米占領軍によってのみでなく、河合らの犠牲の上に築かれた。 河合は、富や地位に背を向けた「孤高の鬼」だった。こんな先達もいた東大を「ブランドだけ」とは、なんというこの罰当たり。 著者の一人、早大本庄高等学院非常勤講師の松井慎一郎さん(37)は近年、軽井沢にある河合の旧別荘で二千通に及ぶ書簡の入ったカバンを発見した。これらの書簡の中から、剛直なイメージの人間・河合の知られざる苦悩を導き出している。 北千住生まれの河合は郁文館中学に進んだが、やがて府立三中に転校している。旧友の中村孝二郎氏あての書簡で触れた少年期の話には、後年の戦闘的な自由主義者には似つかわしくないひ弱さが読み取れる。 郁文館中学は、夏目漱石の『吾輩は猫である』では、ヤンチャ坊主たちの落雲館中学として登場する。河合のような真っすぐな下町っ子は、イジメの対象になっていた。河合はこの転校をきっかけとして、自ら人生を切り開き、奮闘することを学んでいく。 河合は府立三中から一高、東京帝大と進み、農商務省の官僚となる。新渡戸稲造の養女、琴子への恋慕と失恋は以前から知られている。ところが、松井さんが見つけた書簡の中から、琴子の前に、大阪朝日新聞の社長、村山龍平の一人娘との縁談があったことが明らかになった。 このとき、河合は結婚まで「五年の猶予」を求める条件をだし、村山家がこれを拒んで破談になった。その後の河合が自由のために闘い続けたことを考えると、戦後の朝日新聞の報道姿勢も変わっていた余地があって興味深い。 東大河合門下からは、社会思想家の関嘉彦、政治学者の猪木正道、新聞人の土屋清らを輩出しており、いずれも産経新聞正論欄の執筆者である。 さて、河合は自著『ファシズム批判』『時局と自由主義』など四冊が「世を乱すもの」として昭和十三年秋、発禁処分をくい、三年にわたる裁判の結果、有罪判決を受けた。 終戦と同時に、進駐してきた米兵が河合邸を訪れた。栄治郎がその前年に死んだことを知らされた彼は、無念の涙を流したという。門下生で九十二歳の関嘉彦さんは、河合栄治郎没後六十年を振り返り、「カネではかることのできない人生の価値を考えてほしい」と語る。 かつてリクルート問題がおきたとき、「怒りは単なる嫉妬だ」といった大評論家がいた。しかし、人の怒りは嫉妬に由来するばかりではない。時代の寵児の浮薄を戒めるに遠慮はいらない。
Copyright; 2006 The Sankei Shimbun All rights reserved. |
|
ご同慶の至り。まさに勲章ものだ。「進歩的メディア」と評価された朝日はさぞや片腹痛いことだろう。ここまで過激に来ると「右」も「左」も分からなくなってくる。 ◆「産経は言論暴力団」 中国誌、名指し批判 【北京=福島香織】中国外務省傘下の半月刊誌「世界知識」(十六日発行)は三ページをさいて産経新聞などを名指し批判した。中国メディア上で産経が批判対象となることは珍しくないが、「言論暴力団」「保守御用喉舌(宣伝機関)」と呼ぶなど、ここまで激しい論調は珍しい。今月上旬、日中協議の席で、中国側が日本側に報道規制を求め断られた経緯があるが、当局が日本メディアの中国報道にいかに敏感になっているかがうかがえる。 記事は中国社会科学院日本研究所の金●・助理研究員の執筆で「日本右翼メディアを解剖する」「日本右翼メディアの言論の“自由”と暴力」といった刺激的な見出しが躍る。 まず「正論」執筆者らを名指しで列挙、「侵略戦争を否定し、靖国神社参拝を支持し、周辺隣国を誹謗中傷し、平和憲法改正を訴えるのが“正論者”の最大公約数」と説明。「デタラメの論に立ち、故意に過激な言動で人の興味を引きつけようとする」と批判した。 一方、朝日新聞については、「広範な大衆を代表する進歩的メディア」と紹介し、戦後の保守勢力台頭に断固反対する民衆と朝日新聞に対し「保守勢力は言論操作の重要性を実感した」と解説。フジサンケイグループを、保守政財界のてこ入れで生まれた「保守勢力の御用喉舌」と位置づけた。 さらに産経新聞などを「狭隘な民族主義を吹聴するだけでなく、異論を排斥する言論暴力団」と呼び、「朝日新聞や進歩的論客を長期にわたって悪意に攻撃してきた」と述べた。 中国は最近、日本の新聞の論調に敏感で、中国外交官が「日本新聞で産経だけが首相の靖国参拝を支持している」と語るなど、当局の産経新聞に対する不満が強まっているようだ。 ●=「亡」の下に「口」、その下に「月女凡」 Copyright; 2006 The Sankei Shimbun
All rights reserved. |
|
賛成。インド・パキスタン、インドネシア、要するに親日のムスリム諸国、これに程度の差こそあれ自由と民主主義を経験してきた東南アジア諸国との関係強化に尽きる。東アジアとはその後のまた後にしても何の実害もない。「アジア」と言えばChina、Koreaしか見えない他の政治家とは安倍さん、ひと味違いそうだ。 ◆自民総裁選出馬「国会後に判断」 安倍官房長官 安倍晋三官房長官は十五日のNHKの番組で、九月の自民党総裁選への出馬について「私以外の方々も含め、そういう議論になっていくのは国会が終わってからではないか」と述べ、通常国会終了後に判断する考えを示した。「次のリーダーもトップダウン的な手法が基本的には大切で主流になっていくと思う。そうでなければ変化していく時代に対応できない」と次期首相も官邸主導で政権運営を行うことが望ましいとの認識を示した。 アジア外交については「どうしていくかは当然、(総裁選の)争点になる」と強調、「インドなどと自由、民主主義、基本的人権、法の支配というキーワードを軸に関係を強化し、マルチ(多国間対話)の場をつくってもいい」と持論を展開した。 Copyright; 2006 The Sankei Shimbun
All rights reserved. |


