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「米の原爆投下「しょうがない」=ソ連参戦防ぐため−久間防衛相
6月30日13時2分配信 時事通信
久間章生防衛相は30日午前、千葉県柏市の麗澤大学で講演し、米国の広島、長崎への原子爆弾投下が日本の無条件降伏につながり、ソ連の北海道侵略・占領を防いだと指摘した上で「(原爆で)本当に無数の人が悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今しょうがないなと思っている」と述べた。
久間氏は長崎県出身。原爆投下を一定評価した発言ともとれるだけに、波紋を広げそうだ。
久間氏は当時の戦況について「(米国は)日本が負けると分かっているのに、あえて原子爆弾を広島と長崎に落とした。そこまでやったら日本も降参し、ソ連の参戦を止めることができるということだった」と説明した。」
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アメリカで広く共有されている考え方だとは聞いていたけど、
「唯一の被爆国」日本が、(被害者という立場ではなしに、その悲惨さを知るものとして
反核を訴えていかなきゃいけないところを
閣僚がこう言ってしまったことは、残念。
もちろんいろんな見方があってかまわない。
どんな考え方をすることも認められなければいけない。
それも公平に評価されなければならない。
だから、この講演の全部を聞いておらず、その内容を知るのにメディアに頼るしかない私達が
手放しに全否定することはできない。
しかし、彼の言うような「必要悪」の理論は怖い。
「国民の安全、もしくは人々の自由を守るためなら、○○への直接攻撃は大きな人命の損失を伴うが、
それも仕方ないから決行しなければならない!!・・・」
アメリカのベトナム戦争の悲劇も、イラク戦争の禍根も、日本の日露戦争以来の帝国主義化も
みんなどこかその「必要悪」の根拠によって支えられ、
暴走し、
無残な結果を残している。
戦争はゲームじゃない。
作戦上必要なマイナス点を、あとの大きなプラス点で補い、結果として上向きにできるゲームと違い、
「最低限」とはいわれつつも失われた人の命は、あとのどれほど大きな戦果によっても、復元できない。
今問題にすべきは、
原爆投下が必要悪だったかどうかじゃなくて、
原爆投下さえも容認しなければならないほどの無益な暴走状態に日本を導いていった、
日本自身の「必要悪」気質なんじゃないの?
なんであんな軍国主義に走ったのか。
どうしたら防げたのか。
どうしたら、あの原爆の悲劇を繰り返さずに済むのか。
日本は自己認識が足りないって言われても、これじゃ文句は言えない。
「外国に口出しされるいわれはない」と思ってることこそ勘違いなんじゃないの?
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