|
これが成熟して行くには時間がかかると実感しています。
本来それを取り持つのが宗教の役目ではなかったかと思います。 何か真実な存在の前に自分自身を投げ出して告白し、尋ね、懇願し、もがく場所を提供してくれるところです。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
こんにちは、ゲストさん
[ リスト ]
|
これが成熟して行くには時間がかかると実感しています。
本来それを取り持つのが宗教の役目ではなかったかと思います。 何か真実な存在の前に自分自身を投げ出して告白し、尋ね、懇願し、もがく場所を提供してくれるところです。 |
[PR]お得情報
何から話せばいいのか 順序だてて話す自信もありません
思うままに書きます。
夫の不倫 そこからなかなか抜け出せずにいました
夫のことも相手のことも責めました そんな中、知り合いの方に向けてなのか夫と相手のこともことを暴露したかったのか
夫と相手のメールの1部を記事にしました
夫と相手の不倫関係はもう終わっていたのに
私は何をしたかったのか 夫とうまくやっていくには不倫については触れちゃいけない でも…何かのおりにふと出てくるマイナスな思い。
どこにも持っていけない思いがあった
自分の中で忘れられないもの、忘れた方がいいものを
忘れない。記事にしてしまった後、野の花さんは私にこう言ってくれました「忘れることは赦すこと」
2015/3/22(日) 午後 4:28 [ sakura sakura ]
それから毎日毎日相手に対して感謝の気持ちを口にしました
朝 出勤するとき、仕事が終わって帰るとき「○○さん、ありがとう
あなたのお陰で私たちは夫婦になれました 赤ちゃんは元気ですか?今のご主人と素敵な家庭を作ってくださいね」と空を見上げてつぶやきました。最初の1ヶ月は同じ言葉でした でも2ヶ月半頃になると
帰りの 車で「今日はインフルエンザが多かった かからないようにね」と
空につぶやきます。続けていくうちに彼女に対する嫌な思い、自分の中の
被害者意識が消えていき 夫も彼女も私もみんな同じように苦しんだ
それぞれが自分に対し、罪の意識を持ち 過ちにきづいた。
夫と相手の関係は終わり 彼女は職場を去り夫は 降格と異動
2015/3/22(日) 午後 4:47 [ sakura sakura ]
それぞれが不倫似対して償いました。
でも私だけがそれをみとめられなかった
夫を許しているのに赦しきれないそんな心のもがきがありました
相手に感謝の気持ちを口にしていくうちに私も夫と相手と同じだと思うようになり、今は相手のことを大切に思ってます。
心ない言葉で夫や相手を 傷つけました
懺悔の気持ちももちろんあります。
神の愛とは何なのか 人が人を思うこと これが愛なのか
福音を通し、感じたいという気持ちがあります
それと幼い頃読んだ聖書はご生涯ですよね
人とは何なのか これらに触れてみたいと思いました。
2015/3/22(日) 午後 5:05 [ sakura sakura ]
トマス・アクィナスという神学者は聖書には「啓示され得ること」が書かれていると言いました。
啓示とは、神または超越的な 存在より、真理または通常では知りえない知識・認識が開示されることをいいます。
それを受け取れる人は一杯います。ただ個別の関心事のヒントになるかどうかはわかりません。
私が知るかぎりでは、愛するということは許すことでもあると承知しています。
そして心理学的には、許すことで自分の心の平安を得ることができるのです。許さずに根にもっているかぎり自分が苦しむのです。
あとは心の持ちようなのです。考え方を変えるしかないのです。
不幸な出来事があったが、それを乗り越えてより幸せになるのだ、なったのだ、と思うようになさることです。
2015/3/22(日) 午後 6:33 [ honky tonk man ]
私たちは、子供のときから成長するにつれて物事(出来事やことがら)に対する見方、考え方、真偽・正邪・価値の程度の判断力が形成されるのです。
そして形成されたものはなかなか変更することが困難になるのです。
だって、それが「私は私である」からです。
でも、人間は変わり得るのです。仏教的には無常だからです。
常に生成消滅変化しているからです。私の身体も心も変化しているのです。よりよく心が変われば、必ず幸せになれます。
2015/3/22(日) 午後 6:44 [ honky tonk man ]
ですから無宗教者の私に言わせれば、神など関係ないのです。
自分が幸せになるためには、どのように考え、どのように生きればいいのか、ということだけなのです。
嫌な過去は全部忘れたらいいのです。
そのためには、他人も自分も許せばいいのです。
しかもそれが「自分勝手な幸福」ではないこと、つまり真の幸福であることは、周りの縁のある人々が必ず幸福になれるということで証明されます。
2015/3/22(日) 午後 7:00 [ honky tonk man ]
トンクマンさん
ありがとうございます
啓示は私には降りてきていません
夫の相手に感謝し、かのじょの幸せを願ってます
今の旦那様と暖かい 互いに思いやりに溢れる生活が送れていたらと
願います。そして自分の子供たちがすこやかであるようにと
ものごとの考え方に対しては直面しているときは「今はその時期」と思いますが、その境遇に置かれた自分を悔いたりします
でもそれが運命なのかと捉え、そのときに出来うる限りのことを尽くします。結果に後悔しないようにしています
「私」というものは形成されていますが、諸行無常を感じ
我も変わった部分があると思ってます。
残念ながら過去を忘れることは出来ませんが負の思いや憎悪、嫌悪感は
持たなくなりました。過去を懐かしく思い時に愛しさを覚えることもあります。
2015/3/22(日) 午後 7:30 [ sakura sakura ]
自分が幸せになるためにどのように考えてどのように生きるかですか…
あまり深く考えたことがないんですが…旦那や子供たちにはいつも健やかで笑顔がこぼれるような生活。縁者の方たちも健やかで自立した生活が送れていたら送れればと思ってます。
2015/3/22(日) 午後 7:35 [ sakura sakura ]
『幸福論』を書いたフランスの哲学者アランは、「まづ自分が幸福になりなさい。幸福になる義務がある。なぜなら自分が幸福であれば他人を幸福にすることができるから。」と言っています。
スピノザは徳を身につければ、即、それが幸福だと言っています。
アランも自分に何かを身につけなさいと言っている。
あなたは、「旦那や子供たちにはいつも健やかで笑顔がこぼれるような生活」を叶えるために何が必要なのかを考え、その必要なものを身につければいいのです。それは考え方であったり、豊かな感情であったり、等々なのでしょう。
因みに私の場合は、スピノザのいう徳と「真・善・美」に関して確信を身につけたいと思っています。
それでは失礼いたします。
2015/3/22(日) 午後 9:38 [ honky tonk man ]
こんばんは。
実りある対話になりましたか?
トンクマンさんの宗教からの卒業を応援します。
本物に対する鋭い識別能力が育つと、宗教の弊害から離れて自分の感性のままに生きられる方が良いと思います。
ぶれないものを掴まれていますからね。
私自身は神様の存在を信じています。
私の道しるべはイエスさまです。
人知を越えるその愛に包まれる霊的体験があったからでしょう。
私が出会ったイエスさまは、決してキリスト教会にとってのみ都合のよい御方ではありません。
本当の幸福への道を示されるからです。
私の主は、万民の幸福のために命を投げ出される御方です。
ひとりを生かすために命を投げ出される御方です。
愛は(イエスは)、関わりの中に現れ出でます。
それは相互に生かし合おうとする姿勢の中にしか存在しない類いのものです。
愛は関係であり、制度や組織ではありません。
2015/3/23(月) 午前 1:44 [ 野の花 ]
宗教というかこれまでの自分の人生で思うことはいっぱいあります
今回は野の花さんだけでなくトンクマンさんにお世話になりました
自分の中にある宗教感が少し変わりました。
宗教、後に人間が作り上げたものですね
今でも愛とは何なのか、善とは何なのか よくわかりません
だから私の中に愛というものがあるのかどうかもわかりません。
でも想いはあります。
自身で「これが想いである」と言えるのは我が子にたいする想いだけですが。
私の命ある間にイエス様と関わることは出来ないと思います
でも精一杯子供や夫 、人を想って生きていきたいと思います。
また躓いたり負の感情に駆られることもあると思う
そんなときは私の中の神、空を見上げて考えたいと思います。
健康で仕事が出来ておいしいごはんを家族で食べて暮らしていけたら
と思います。何かありきたりで平凡ですが、日常がにちじょうであるようにと思います。
ありがとうございました
2015/3/23(月) 午後 1:52 [ sakura sakura ]
sakuraさん
生きている内にイエスさまと関わりを持つか持たないかは自分で予測を立てないでいいと思います。
本当の生き方について模索をやめられない人には、何らかの道が開かれて行くものだと信じています。
神様があなたを覚えておられるのは間違いありませんから。
(トンクマンさん、私は神を信じています。)
一つ、自分を吟味する指針となる心の状態を聖書から紹介しておこうと思います。
これは真理だなと思えるみことばです。
「御霊の実」
愛、喜び、平和(平安)、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制
これが実って来る状態は幸福そのものです。
私は必ずしもそうでない自分を告白できますが、にもかかわらず御霊の実を結びたいと願っています。
そして、意外なところにそれを発見したりもします。
2015/3/24(火) 午前 1:43 [ 野の花 ]
この世に生かされている間に「御霊の実」実らせたいです
その前に自分の成長が必要ですが
今回は生きるということについて何となくではありますが
こうありたいという私の生き方が見えたような気がします
2015/3/24(火) 午前 2:07 [ sakura sakura ]
良かったです!
願いが善い方向に向いている限り、道はちゃんと開かれて行くと実感を持って信じています。
私事ですが、夫が統一教会をついに手放しました。
積み重ねもあったでしょうが、きっかけは先週末の朝ドラ「マッサン」の録画から夫婦で分かち合える感動を持ったからです。
主人公が独り善がりを捨てて謙虚に真摯に三級酒に取り組んだ時、「伝える酒」が初めて生まれます。
記事にできたら改めて書いてみます。
夫の中で何かが弾けたのでしょう。
2015/3/24(火) 午前 2:39 [ 野の花 ]
これからはお二人で同じ方向に歩んで行けるんですね
お子さんのことで共に涙を流されたご夫婦ですから
分かち合えることも多いかと思います
記事、アップされた後に読まさせていただきます
私も不倫の呪縛からやっと離れたことができたように思います
今はケンカもなく穏やかな日々です
長くかかりましたがいい経験でした
2015/3/24(火) 午後 1:13 [ sakura sakura ]