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「愛するとは傷つくこと」
日記
[ 野の花 ]
2014/9/27(土) 午前 0:43
「愛するとは傷つくこと」
日記
[ sakura sakura ]
2014/9/26(金) 午後 2:19
ありがとうございます。
神様って本当にいるのかな・・・いるとしたら何で次女にばかり災難がふりかかるんだろう。私が悪いなら私にふりかかればいいのに・・・
そんな思いです。それでも神に祈ります「次女をお救いください」と天を仰ぎます。
神様は私の願いを聞き入れてくださるのか
これは今までしてきたことの報いなのか
あまりにも過酷です。
でも次女の前で涙は見せません
今朝、夫の胸の中で思いっきり泣きました。
昨日父がいる前で涙見せられなかったので
思いっきり泣いたら少しはすっきりしました。
これから戦いの日々になりそうです
覚悟、できてますが 想像するとくじけそうです。
弱い自分がいますが、強くありたいと思います。
今年の大河…
日記
[ 野の花 ]
2014/9/24(水) 午後 1:41
marketさんは大河がお気に入りだったのですね。
失礼しました。
黒田家の黒歴史とも言われる宇都宮一族謀殺事件ですが、あの時代を生き抜く武将にはままあり得ることです。
私が呆れ果てたのは、長政の母親である光、妻である糸、侍女たちが起こしたストライキによる長政責めです。
あのまさに立ったまま、座る長政を多勢で冷ややかに見下げる上から目線、馬鹿にしきった口調、要求する事、仕方の無茶振り…。
あり得ない。
清洲会議や小牧長久手の戦いがナレーションで片づけられたり、中国大返しの緊張感を潰すホームドラマの差し挟み、山崎や賤ヶ岳の戦いのあっけなさもテンプレ大河として目をつむれましたが、軍師たる官兵衛の知将たるを描かない(描けない)だけならいざ知らず、どうひっくり返しても歴史劇でしてはならないことをしてしまったと思っています。
幸・不幸
日記
[ 野の花 ]
2014/9/19(金) 午前 10:27
みらいさん
試練を避けたいのは自然な情ですよね。
ところが人間ってちょっとやそっとじゃ自分が後生大事に握りしめている“囚われ”を手放そうとしません。
本当に痛感します…。
自分が躓く出来事、そこに自分へのメッセージがあります。
囚われを持たない人なら引っかからないようなところで引っかかったら、そこに“私”の課題があるんでしょうね。
聖書の「悔い改めなさい」の本来の意味は「メタノイア=視点を変える」です。
猛反省しなさいではないんです。
柔軟な心を持っていたいと思います。
自分が人生を慈しむようになれば、至るところに花は咲き、泉に出会えるなあと感じます。
そうそう、朝ドラで今注目されている「赤毛のアン」も人を魅力する作品ですが、ラスト近くでアンは思いもよらない悲しい出来事に思い描いていたまっすぐな夢の道は閉ざされ、人生の曲がり角に直面します。
そこで最後にアンが呟くひとことが共感できて好きです。
愛の定義
日記
[ 野の花 ]
2014/9/14(日) 午前 3:03
此方とそちらという線引きをする必要はないと思いますよ。(勝手な持論ですが確信です。)
クリスチャンは思われているような選民などではないと思っています。
もし選ばれる理由があるなら、危なっかしかったから、弱く、病んでいたからでしょう。
だから神様が早く絶対に必要だったんです。
大切なのは思い、言葉、行い…生き方全体の中に愛があるかないかです。
「この小さいものにしてくれたこと」を神様はちゃんと見ておられますから。
「パッション」を観るってすごいですね。。
その時期なら「ブラザーサン・シスタームーン」やオリビア・ハッセーの「マザーテレサ」が心に響くと思うんですが。
後、イエスさまのことならご生涯全体を描いたものね。
先の2つは、人間が神に出会って変えられていった姿として好きです。
聖書の誤読が怖いというのは私がずっと持って来たものでもあります。
このことについてはまた。
急ぎこれだけですみません。





