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悪夢のような
東北地方太平洋沖地震から
半年、
NYの「9・11」から10年・・・・・
私自身の環境も
かなり変化した。
「護るモノ」も増えた。
たった今、
千葉震源で
ドスンきました
しかも、
携帯はならないし
TV速報もかなり遅かった
この先、30年、
こんな「恐怖」が続くんだなぁ・・・
福井だっけ?
ジンベイザメ出たでしょ?
わたしが5〜6年前、東京で荷物が落ちるくらいの
地震が発生し
地下鉄が停まり
新宿で旦那と(座間味から帰り、乗りで沖縄料理食べに)待ち合わせた時も
伊豆の神子元ってポイントでジンベイが出没し
マンタまで北上してきた。
付け足しだけど
あの時は、先も予測不可能だったけど
主人と会いたくて
(秋葉原で買い物すると先に出掛けてた)
のろのろ運転の地下鉄に飛び乗り
携帯が通じない中
主人と会えた。。。
越冬しないハズの「クマノミ系」が伊豆で越冬し
イントラが焦っていた。
今更だが
風力、水力、火力もある日本が
唯一の被爆国なのに「原子力」に手を出し
誰もが 「想定外」 だと言うが、どこまでが本当なんだろう???
本籍が「長崎県」だからと
去って行った人もいた。
被爆手帳を持ち
長崎の原爆投下地点から
1kmも離れてない被爆者が、今もいるというのに・・・
わたしが白血病になるとしたら
放射性物質を吸って
抵抗力がなかってことだろう・・・・
福岡のオバ(看護師の)が言った。
「そっちは大変でしょう? だけど、被災してきた人(主に妊婦さん)には
何の援助もないとよ〜!!」
じゃ〜
被災地に戻ったり
被災地でマタニティーライフ
送った女性は???
オバを軽蔑した。
看護師だろうに・・・
しかも私に
「長崎の実家は、M(私の身体障害者のおじ)が容が悪いけん、
Jちゃんの帰る場所はなかとよ〜」
別に良い!!
自分の死に場所は、自分が決める!!
九州だって
今は何が起こるかなんて、わからないだろうよ!!!
私は、自分が育ち、住みなれた場所で
「最期」を送りたい。
非常時、娘はどうするか分からないけども。。。
もう、物心つく年齢。
敬老の日に
「おじいちゃん、おばあちゃんに贈り物作った〜!」
それで良いと思う。。。
だから今後
福島原発から、そう離れてない土地の両親、女性は
結婚できないと懸念している。
そんな自分も
「平和ボケ」してた一人・・・
未来の子供達のことなんか
若い頃は、考えていなかったかもしれない・・・
狭い日本、でも美しかった日本の一部が地震、被爆により
壊滅、侵入禁止地区になったこと
今後も忘れてはいけないと思う。
これからも、何処で、なにが起こるか
「自然の驚異」は誰も知らないし、予知出来ないこと
忘れかけてたな〜
温かい湯船につかれて
美味しい御飯を食べれて
最愛の娘と暮らせて
暖かい布団で眠れることの
「幸せ」を。。。
いまだ、被災され
自宅に戻れない御家族がいて
死亡届は提出せずに
待ち続ける人たちがいる。。。
それは大好きな東北地方で
お世話になった「お一人」かもしれない、
明日は「我が身」かもしれないということ・・・・
いつまでも忘れずに、胸に刻んでおこう。
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忘れてはいけない事ですよね。。。この記憶は!!
2011/9/11(日) 午後 11:24
bdさん、忘れたくとも、忘れられませんね。
2011/9/19(月) 午後 2:22