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出産までの経過を 私自身、忘れないよう 書き残しておこうと考えていました。 ようやく、まとまりました。 途中、グロイ箇所もございます。 苦手な方は、ご遠慮下さい。 かなり長いです。 ですから、 ヌルーOKっす!!
【入院まで】
この日はまだ、3月6日の4:30。 今までと違う陣痛の痛みで起床。 「まずは入浴」と思い脱衣所に行くと 足に生温いモノが流れてくる。 「破水だ!」と焦り、主人を叩き起こす。 病院に電話すると「すぐいらして下さい」と。 TAXIで病院へ。 救急外来受診の結果、羊水反応(破水)は疑陽性。 感染する危険性があると、そのまま入院となる。 始発電車で、主人は一時帰宅。 死闘の付き添いが待っている事など 主人には知る余地もなかったのです。
【ラミナリア挿入】
我ながら、本当に恥かしくて情けないです!
8:00
骨盤のレントゲン撮影。
(「児頭骨盤不適合」って、こんな遅くに診断?)
14:00
主治医が診察し
後胎盤破水と診断される。
子宮口は、まだ1,5cm。。。
感染を回避するため、
出産を早めると説明され
ラミナリア20本も詰められる。
かなり痛いし、20本なんて聞いた事がない!
この日は
ラミナリアで子宮口が開くこと、
自然に陣痛が強くなる事を待つ。
次から次に陣痛で苦しむ妊婦が入室してくるが
大概、3時間くらいで分娩室に移る。
主人が来たが
「他の人は、早いな。」の一言にブチ切れる。
【陣痛促進剤】
3月7日
主人は一時帰宅。
8:00
主治医の診察。
ラミナリア除去。
子宮口、6cmまで開く!
主治医から
微弱陣痛のため、陣痛誘発剤投与すると説明を受け
同意書にサインする。
9:00
陣痛室に戻ると
さっそく陣痛誘発剤の投与開始。
はじめは陣痛と陣痛の間隔が長かったので
「余裕じゃん!」と思っていた。
徐々に誘発剤の速度がupされ
1人で耐えられなくなり
主人に「help」メール送信!
主人が到着する頃、
陣痛の痛みでドジ狂い
有り得ない暴言を吐き続ける。
主人は
私の腰をもんだり
お尻にテニスボールを当てたり(陣痛が来た時、和らぐ)、
食事にもトイレにも行けず。
「母親になんかなれない〜! 痛くて死ぬ!」
「私には無理だったんだよ!」とか
本当に情けないことを叫び、主人に怒られる。
私が産科実習で見てきた妊婦にも
そこまで情けない人はいなかった。
14:30
ナースコールを押して
「もう誘発剤を止めてくれないと死ぬ〜!」と言い放ち、
助産師を困らせる。
当直医が来て、
「(誘発剤を)止めますが、明日主治医と良く相談して下さいよ。
どんどんお産の進行が遅くなっていきますから・・。」と
陣痛誘発剤一時中止。
自尿が出せなくなり、導尿してもらう。
しかし中止後も陣痛は続き、
翌朝まで主人は付きっ切りで上記をし続ける事となる。
この日の助産師が、すごく冷たい人で
主人が「大丈夫だ! 俺が付いてるから頑張れ!!」と励ましてくれる。
その言葉で、数分毎にやってくる陣痛を乗り切る。
【陣痛誘発剤2日目】
3月8日
8:00
主治医が診察し、子宮口は6cmしか開いておらず。
診察中、破水。
「今日も陣痛誘発剤でお産を早めます」と説明される。
この説明で
「絶対耐えられない! もう自然にさせて下さい〜!!」と
泣きながら訴えるが、却下される。
今考えても辛いが
自然分娩とカイザー(帝王切開)の両方向で進めると言われ
禁飲食にされる。
前日から、ほとんど何も口にしていなかったので
口渇著明。意識も朦朧としていた。
主人の疲労もピークに達した。
主人は家族仮眠室に行くよう助産師に言われ
退室していった。私はそれを聞いて泣き叫んでいたらしい。
主人の代わりに、助産師が交替で付き添ってくれる。
ラッキーな事に、この日は陣痛室に私だけだった。
助産師が「この人一人にしといたら、(点滴)自己抜去されるよ!」
と言う声が聞こえたが、その通りだと思う。
(元同僚が面会に来た時、本当に抜去しようとしていたらしい。)
要注意人物として申し送りをされたに違いない。
今考えると、相当、手厚い看護を受けているのに
助産師や看護師に、散々罵声を浴びせた。
私もこんな患者は嫌だ!(恥かしい)
15:00
陣痛誘発剤、終了。
主治医が診察するが、子宮口7cmまでしか開いておらず。
主人に「どうしますか? おしいとこまで来たんですが・・。」
と聞いていたが、
私が「もう耐えられない。カイザーにして〜!
どうせ子宮口が開かないなら、
最初からカイザーにしてくれれば良かったじゃん!」
と、とうとう主治医にまで罵声を浴びせる。
主人が「こいつ、死にませんか? こいつが死なない方法でお願いします。」
と話している。後で聞いた話だが、本当に死ぬと思ったらしい。
主人がカイザーの同意書にサインする。
その後、麻酔科医がいろいろ説明するが
陣痛がすでに1〜2分毎になっており、
良く分からないままサインする。(主人も)
【カイザー(帝王切開)】 カイザーが決定となり、陣痛室は急に慌しくなる。 陣痛にもがく私の陰毛を、 看護師が手際よく剃毛する。 あちこちにサーフロー(長い針)を刺し替えられたが 長時間痛みに耐えてきたため、痛みが麻痺していて何も感じない。 手術後、手のあちこちに漏れた痕があり、何回も刺された事を知る。 16:00 手術室入室。 寒い。。。 ストレッチャーから、手術台への移動は自分でさせられた。 生まれて初めての腰椎麻酔。 「あぁ〜、痛みが消えていく。。。」と快感だった。 主治医に 「どうせなら、綺麗に切って下さい」と言ったら 「あんなに悪態ついたのに、余裕だなぁ」と苦笑い。 「君の手術が、この病院で施行する記念すべき最後のOPEだから とびっきり綺麗にやってあげるよ!」と冗談で返される。 主治医は3月23日で、異動であった。 主治医の「それでは開腹します」の声が聞こえたが まったく恐怖感はなかった。 それどころか ようやくいろんな痛みから解放され、 我が子と対面出来る喜びの方が大きかった。 無影灯が眩しいなぁと思いながら 手術中、麻酔科医と「ねぇ、どこの病院で働いてたんだっけ?」 「あぁ、○○病院に6年いました。」なんて世間話をしていた。 ものすごくハイテンションだった。 お腹のあたりがモコモコし始め 何かが引っ張られる感覚がした瞬間、 「オギャア!!」という産声が手術室に響き渡った。 17:14、 「元気な女の子ですよ!」とブルーの術衣を着た看護師が 我が子と初対面させてくれた。 頬に涙がつたうが頭の中では 「あぁこのシーン、TVのドキュメンタリー番組のワンシーンと同じだぁ!!」 と、くだらない事を考えていた。 そして、我が子の手足の指の数をかぞえ 「ちゃんと5本ずつある。」と安堵した。 外では産科病棟の看護師が待機していて 私は産科病棟へ搬送された。 途中、主人の顔が見えたので 「赤ちゃん見た? 可愛いでしょう?」と言い、 そこから記憶がなくなった。。。。 「女なら耐えられる痛み」と申しますが、 私には耐えられませんでした! 産まれ来る我が子ににひどい事を言ってしまったり 医療従事者の方々に罵声を浴びせたり、 自分への戒めのために書きました。 もう一つの戒めとして 私の下腹部には 横線の傷がしっかり残っています!! あんなにひどい言動をしてしまった私に 優しく看護して下さった助産師、看護師の皆様、 そして主治医のM先生に 深く感謝いたします! 本当に有難うございました!!
2007年3月8日、この日のことは一生忘れません!
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