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カート・ヴォネガット・Jr…
本棚のところでも書く時がくるんだろうけど
映画のところで書いてみます(^^)
大好きな作家さんなので本は読んでいるんですが
映画にしづらいのか有名な割には
映画化が少なく感じます
この映画はとてもよく出来ていると思う
ちょっと奇天烈な物語だけど
ヴォネガットのニヒリスティックな人生観とユーモアと温かさが
いい具合にブレンドされている(^^)
もし今同じ作品を作ったら
殺伐とした作品か変にヒューマニズム溢れた作品に
されてしまいそうな原作だから
いい時代に映画化されたのかもしれないですね(^^)
○補足等など
『スローターハウス5』(- ファイブ、Slaughterhouse-Five, or The Children's Crusade:
A Duty-Dance With Death)は、1969年に出版されたカート・ヴォネガットの小説。
時間旅行を筋立ての道具とするとともに、ヴォネガットがその余波を目撃した第二次世界大戦
でのドレスデン爆撃を出発点として、SF小説の要素と人間の条件の分析とを希有な観点から結
びつけた作品である。
この本が出版された時には、ドレスデン爆撃はまだ広く知られておらず、退役兵や歴史学者に
よって語られることもほとんどなかった。この本は、爆撃の認知度を高め、大戦中の連合国に
よって正当化された都市空爆の再評価へとつながった。
スローターハウス5は、20世紀が舞台で、第二次世界大戦での経験と家族との関係を中心として、
ビリー・ピルグリムの様々な時代での物語が絡み合っている。この本は、一見、無作為に見え
る出来事の連続だが、それらが組み合わさって作品の主題を提示している。
スローターハウス5とは屠殺場(小説中ではシュラハトホーフ=フュンフ(Schlachthof Fünf)
という名前である。)のことで、ドレスデンの爆撃の間、主人公ビリー・ピルグリムが捕虜と
して収容された場所である(これは、ドレスデンで捕虜となったヴォネガット自身の体験と対
応している。)。ヴォネガットは、『チャンピオンたちの朝食』等の他の著作でもしているよ
うに、副題を付けている。それは『子供十字軍』である。ヴォネガットは最初の章で、子供た
ちが奴隷として売られた13世紀の少年十字軍について触れている(実際の歴史上の出来事がど
のようなものだったかは論争があるが、文学的には子供たちを意図的に奴隷として売ったこと
が意図された意味であった)。これは、ヴォネガットの主張によれば、戦争を、子供を奴隷と
して売ることに比せられることを表現するものである。
○粗筋
道に迷ったろくに訓練も受けていない米国兵のビリー・ピルグリムは、ドイツ兵に捕らえられ、
ドイツのドレスデンにある使われていない屠殺場の奥深くに設けられた代用監獄で生活するこ
とになる。ビリーはその理由は説明されていないが「時間の中に解き放たれる」(ただし、後
に、飛行機事故を生き延びた際に軽い脳障害が残った結果、死を含む人生の様々な時点を無作
為に繰り返し訪れることが示唆されている。)。彼はトラルファマドール星からきた地球外生
物に会い、後には誘拐されてトラルファマドール星の動物園でポルノ映画のスターのモンタナ
・ワイルドハックとともに展示される。トラルファマドール星人は、物理的にはトイレのプラ
ンジャー(吸引具)と似ていて、四次元(4つめの次元は時間である)を見ることができる。
トラルファマドール星人はその人生のすべての瞬間を既に見ており、その運命を変えるような
選択をすることはできないが、自分が集中したいと思う人生の瞬間を選んで焦点を合わせるこ
とはできる。
この小説を通じて、ビリーは時間の中を行き来し、人生の様々な場面を何度も追体験する。こ
のせいで、次に人生のどの場面が現れるのか分からないビリーはいつもあがり症を感じること
になる。彼はトラルファマドール星で時を過ごし、ドレスデンで過ごし、捕虜になる前の第二
次世界大戦中のドイツで深い雪の中をぼんやりと歩き、戦後のアメリカで結婚生活を送り、何
年も後の地球上での彼の殺人の瞬間に向かう。彼の殺人の時までに、ビリーはトラルファマド
ール流の運命論を受け入れており、すばらしい個人的な平和を手に入れて、この哲学を多くの
人々に広めて地球上で有名な人物になる。
ビリーの運命論は現実(少なくともビリーが知覚した現実)に基づくもののようである。ビリ
ーがオフィスに平安の祈り (Serenity Prayer) の写しを持っていることに気づいた後、語り
手は言う。「ビリー・ピルグリムが変えることのできないもののなかには、過去と、現在と、
そして未来がある。」トラルファマドール星人の誘拐者のうちの人間に同情的に見えたひとり
は、彼が訪れたことがある31の生命が住む惑星のうち、「自由意志といったものが語られる世
界は地球だけだった」と言う。
この本は、妻の死や、第二次世界大戦でのナチスによる捕囚や、この本を書くきっかけとなっ
たドレスデン爆撃など、ビリーの人生で起きた他の様々な出来事も分析する。この小説では特
定のフレーズが繰り返し使われている。例えば、死(人であれ動物であれシャンパンの泡であ
れ)にふれる時には「そういうものだ」という語が使われ、死すべき運命を軽く見せ、死があ
りふれた事でユーモラスでさえあるかのようにしている。また、「芥子ガスとバラ」が、腐乱
した死体のひどい臭いや酔っぱらいの息に対して使われている。
ビリーの死は、奇妙な一連の出来事の結果である。戦闘の間、仲間の兵士のローランド・ウェ
アリーによると、ビリーは信じられないほど戦闘に不向きで、そのせいで2人は捕虜となった。
ウェアリーが捕虜になったことを(そして死ぬことも)ビリーのせいにするので、ウェアリー
の陰気な友人で、復讐は「人生における最も甘美なもの」なものと考えるラザーロは、ビリー
を殺すと誓った。時を旅行するビリーは、いつどうやって自分が殺されるのか知っていた。ア
メリカ合衆国が多くの小国に分裂した未来に、公衆の前での演説中にラザーロに撃たれるので
ある。ビリーは演説中に、演説が終わると自分は殺されるだろうと宣言し、この事実を自分の
メッセージを伝えるために使う。時間は、3次元の切片に加わるもうひとつの次元であり、我々
はその切片が同時に存在することを知っているのだから、誰もが常に生きており、死は悲しい
ものではないと。
スローターハウス5は、ジョージ・ロイ・ヒル監督、マイケル・サックス主演で、1972年に映画
化され、カンヌ国際映画祭審査員賞、ヒューゴー賞及びサターン賞を受賞した。ヴォネガット
はこの映画を「小説よりよくできている」と評している。グレン・グールドのゴールドベルク
変奏曲等が劇中音楽として使用されている。
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