|
湯田原の畑の畦にムクゲが植えてあった。これは隣の畑との境界を示すために、どこの畑でも間隔を保って植えてあったようだ。
畦のムクゲは、普段は何の変哲もない潅木であるが、初夏には赤紫や白の可憐な花が咲き、境界であることを教えてくれる。
幼い頃、母と一緒に、私はリヤカーに乗せられて、その畑に行くことが多かった。家からはリヤカーを引いて30分足らずのところであったが、ミタレン坂という長い坂道を上っていかなければならなかった。昼飯時に家に帰っていては農作業がはかどらないので、母は、私と自分の分の弁当を持って出かけることが多かった。弁当といってもおかずはない。せいぜい高菜か沢庵の漬物が入っているくらいのものだった。
母は畑を鍬で耕したり、畝を作って野菜の種を蒔いたりしていた。私は虫を捕まえたり、土遊びをしたり、隣の桑畑に入って、桑の実を摘んだりして遊んでいた。
昼時になると、少し先の県道を、自転車の荷台に竹で編んだ大きな四角い籠を載せて、その中に魚の開きや丸干し、佃煮、ツケアゲ(薩摩揚げ)などを入れて、いつも決まって同じ時間に串木野から行商に来るおじさんが通る。
母が県道まで出て行って、ツケアゲを2枚買ってくる。ツケアゲはツケで買ってきたようだった。私はその間に箸をこしらえる。箸はムクゲの枝を鎌で切って二人分を作る。ムクゲの枝はごつごつしている。適当な太さの枝を選んで箸の長さに切り、先の皮を剥いで細くする。その箸を持って、母と私は畑のすこし傾斜のついたセイタカアワダチソウの中で、持参した麦混じりの弁当を開く。買ってきたばかりのツケアゲを、母が弁当の上においてくれる。ツケアゲの油と魚の香ばしい匂いがしてきてお腹が鳴る。ツケアゲをかじるとほんのり甘い。冷たくなった弁当だが、陽だまりの中で母とふたりで食べるお昼ご飯は、子供心にほんのり温かく、安らかな幸せを感じた。
ムクゲは私にとって、そんな幼い頃の貧しくも、母と一緒の暖かいひとときを思い起こさせる花である。
ムクゲの花を妻が家の花壇に植えた。毎年夏になると、真っ白な花弁の真ん中から、朱を刷毛で掃いたような清楚な花が咲く。妻に幼い日の思い出を語った。
ムクゲはハイビスカスの仲間で、韓国の国花でもある。
|
妻に幼い日の思い出を語った。。。 その響きがいいです(*^_^*)
優しい光景を想像しました。
つけあげ って言いますね、鹿児島の方は。
わたしは、福岡→熊本→大分で育ち、結婚してからまた大分→熊本→鹿児島 と、九州内をぐるぐるしてます。
転勤族とは結婚しないって思ってたのにな。
鹿児島も、灰さえなければもっと楽しいのになぁと、思います。
2011/2/9(水) 午後 3:06 [ - ]
私の自分史、読んでくださってありがとうございます。
恥さらしなところもあって恥ずかしいです。
読んでお分かりのように相当昔の思い出になりました。
今は東京に住んでいますが、やがては鹿児島で暮らしたいと思っています。
宮崎、鹿児島の方は火山灰で大変ですね!鹿児島の頃を思い出しました。
2011/2/9(水) 午後 9:28 [ junbeh802 ]