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大相撲の複数の力士に“八百長”の疑いがもたれているが、実際に八百長が行われていたと聞いても、いまさら驚くようなことではあるまい。これまで上位力士の取り組みでも、幾度となく八百長疑惑がもたれて裁判沙汰にもなっていることから、やっぱりなあ、との思いである。
野球賭博容疑の取り調べから、押収した携帯に生々しいやり取りが残っており、実際の取り組みでもメール通りの相撲運びと勝敗結果になっていたとはよくもやってくれたものである。
相撲は心・技・体のスポーツといわれるが、最近の相撲界の不祥事からは到底このような高尚な精神は窺い知れない。
相撲は試合ではなくて、ただの興行、見世物になり下がってしまったようだ。力士もサラリーマン化して銭儲けが優先しているのだろう。食っていくためには負けが込んでは下っ端ほど食っていけなくなる。だからほどほどのところの星勘定が必要になって、星の貸し借りをするのは互助精神を発揮したものなのではあろうが、そこのところは考え違いもはなはだしい。
ところで、「八百長」の語源を調べてみると、これが相撲界から出た言葉であるというのが面白おかしい。
語源由来辞典から転用すると・・・・・、
『八百長は、明治時代の八百屋の店主「長兵衛」に由来する。長兵衛は通称「八百長(やおちょう)」といい、相撲の年寄り「伊勢海五太夫」の囲碁仲間であった。碁の実力は長兵衛が勝っていたが、商売上の打算から、わざと負けたりして、勝敗をうまく調整し、伊勢海五太夫のご機嫌をとっていた。のちに勝敗を調整していたことが発覚し、わざと負けることを相撲界では「八百長」というようになった。やがて、事前に示し合わせて勝負する意味も含まれるようになり、相撲以外の勝負でも「八百長」という言葉は使われるようになった』とある。
語源は、やはり相撲界にあったのだが、語源となった事柄よりも、この八百長相撲は国技の存亡を左右するほど、大きな致命傷となりうるものである。
これでまた相撲ファンが減っていくことは確かだろう。
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スポーツ
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南アフリカでワールドカップが始まった。
日本VSカメルーン戦は、小生の予想を裏切って前半のリードを守りきって1-0で勝った。しかし、後半はカメルーンの猛攻に防戦一方で、カメルーンの射るようなシュートが何本も日本ゴールを脅かした。
この試合は、カメルーンに“運”がなかっただけ日本に運があっただけで、決して日本の実力の勝利ではなかろう。日本の本当の実力は、善くも悪しくも次のオランダ、デンマーク戦で証明されるだろう。
さて、書きたいことは日本戦の前のゲーム、オランダVSデンマーク戦のことである。
先制点は、デンマークの選手(S・ポウルセン)がクリアミスしたボールが自軍の選手の背中に当たり、運悪くオウンゴールとなってオランダに得点を与えたことである。
オウンゴールをしてしまったポウルセンは呆然・自失、「オ・マイ・ガッ!」といった体であった。
オウンゴールといえば、W杯前の試合で、闘莉王が鮮やかな得点をした後にオウンゴールしたこともあった。
1994年W杯、アメリカ戦でコロンビアのDFアンドレス・エスコバルがオウンゴールを献上し帰国後射殺された。優勝候補と目されていたコロンビアは負け、1次リーグ敗退となった。
サッカーの勝敗が人の命まで奪ったこの事件に世界のサッカー界は大きな衝撃を受けた。
そもそも、このオウンゴールを得点にカウントすることがいいことなのかどうか疑問である。相手のミスによる得点が入ったとしても、これは実力で獲得した得点ではない。選手にとってもサポーターにとっても、これは決して嬉しい得点ではあるまい。小生はオウンゴールは得点にすべきではないと思うのである。
仮に、W杯決勝戦でオウンゴールで優勝したとしても優勝の実感は湧かないであろう。
オランダVSデンマーク戦では、実力に勝るオランダが追加点をあげて2-0で勝ち、オウンゴールに左右されなかったのは救いであった。
オウンゴールのような相手ミスにより勝敗が決するのは、選手やサポーター、観客にとっても面白くないし、何か満たされない気持ちが残ってしまう。
スポーツは、多少の運はあっても、最後にはやはり実力だけが勝負を決めるものでなければならないと思う。
W杯では、オウンゴールで優勝が決まることのないことを祈る。
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開会式は、人口大国中国らしい人的スケールと、一糸乱れぬ演舞で正直驚いた。 その開会式のテレビ放映で流れた“足跡花火”が、CG(コンピューターグラフィック)で作った合成映像、つまり偽物だったという。それを中国五輪組織委員会は、「上空からの撮影が難しかったため、録画映像が使われた」と演出を認めている、という。 オリンピックという晴れ舞台で歌うことを任された女の子は、自分が歌っていないことを、どんな気持ちで口だけを合わせていたことだろう。また、実際に歌った女の子は、歯並びが悪い、可愛くないとの理由で、自分の歌声だけが、晴れがましく開会式で流れたことに、どんな気持ちを抱いたことだろう。 大人の偽善や傲慢、見栄で二人の女の子は傷つき、いつか本当のことが分かったとき、どんなに思うことだろう。 花火にしろ歌にしろ、中国はそこまでして、世間に“感動”を与えようとしなくてはならいのだろうか? 中国は、本当の感動とは「真の姿」だ、という世間の常識が通用しない国なのではなかろうか。 中国では、これまでにも偽のデザイナーズバッグ、海賊版DVD、偽の企業ロゴをつけたオートバイなど、多くの偽ものが作られ、平気で売られている。中国人には人倫は通用しないのだろうか? 中国は、かつて世界に冠たる文明国であった。それがこの体たらくである。中国の古人(いにしえびと)が、この現実を知ったとしたら、どんなにか嘆くことだろう。
せめて、北京オリンピックの閉会式は、“偽もの”!のない“ありのまま”の閉会式であって欲しい。 ※写真は、asahi.com、Yahooニュースより |
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東京辰巳国際水泳場で開催されたジャパンオープンで、スピード社の水着を着た選手が、その後も好記録を連発し、北島選手はついに世界記録を出した。 日本水連は、これでスピード社の水着を解禁せざるを得ない状況になったことは確かだ。 既に、水連は解禁に向けたコメントも出しており、今日、正式に解禁を発表する予定になっている。 これで、選手はどのメーカーの水着も着られるが、スピード社の水着は、世界各国の選手の間では既に標準(スタンダード)になっていることから、これを着る選手が多いと予想されるのは当然だろう。 スピード社の水着が解禁されたからといって万々歳でもなさそうだ。というのは、選手は個人的にメーカーとスポンサー契約しているということがあって、北島選手はミズノと契約をしていることから、もし契約先の水着を着なければ“違約金”を支払わなければならないという厄介な問題が一方にある。その額は1千万円にも上るそうで、選手にとってはスピード社の水着を選択する上で大きな足かせになることは必至だ。 オリンピック出場に選ばれた選手は、スポンサー契約している“メーカーの選手”ではないはずだ。“日本の代表選手”なのだ。そうであるなら、メーカーもここは譲歩すべきであろう。 オリンピック出場選手は「日の丸社」がスポンサーであるべきで、日本水連はこの問題について選手任せにせずに、選手とメーカーとの間に立って、オリンピック出場選手に憂いなく実力を十分発揮してもらうべく心を砕くことが肝要である。 オリンピック出場各国の選手みんなが着るスピード社の水着で、みんなが同じ条件で正々堂々と戦える水泳競技にすることこそが、日本水連と国内3メーカーの責務であろう。
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トリノオリンピック、女子フィギュアスケートで、荒川静香選手が日本に初めてのメダル、しかも金メダルをもたらした。 |
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