|
三連休の中日、思い立って川越に出かけた。私は昨年初めて訪れたことがあったが、連合いが行ったことがないというので行くことにした。
連合いは、川越にあまりいい印象を持ってはいなかった。というのは昨年前期のNHKの朝の連続テレビ小説「つばさ」の馬鹿騒ぎばかりの面白くもなんともないドラマに辟易したことが理由だという。このドラマについては、当の川越市民からも相当の批判があったようだ。
それはともかくとして、西武鉄道で小一時間かけて本川越に着いた。
しばらく商店街を進むと、通り(旧川越街道か?)の両側に漆喰造りの蔵が立ち並んでいる。通りに車がなければ江戸の街に迷い込んだように錯覚するかもしれない。
漆喰は白いものと思っていたが、ここの蔵の漆喰は黒漆喰が多い。黒漆喰は「江戸黒」と呼ばれ手間も金もかかるのだそうだ。黒い壁は引き締まって見えてこれもまたいい感じである。
川越といえば「時の鐘」である。ちょうど12時だったので時を告げる鐘の音が響いていたが、今は撞木が自動で鐘を衝き、いささか風情に欠けるのは仕方がないことかもしれない。
蔵の街のはずれには菓子屋横丁という場所があって、昭和の頃の店を思わせるような駄菓子屋が並んでおり大勢の観光客がバットみたいな懐かしい麩菓子を下げて歩いていた。
一通り蔵の通りを歩いた後、歩いて20分ほどのところにある川越大師・喜多院に行った。ここは平安時代、淳和天皇の勅により天長7年(830年)に創建された天台宗の名刹である。その後大火にあい焼失したため徳川三代将軍家光公が復興させて、江戸城紅葉山の別邸を移築し客殿、書院等にあてた。家光誕生の間や春日の局の間があるのはそのためであるという。
あちこち散策してまだ昼食をとっていなかったので、また時の鐘辺りまで戻って、時の鐘前の「鐘つきうどん、きんちょう」にはいって、"手打ち天せいろ”と"ひれかつセット”を注文した。両方とも相当なボリュームで、腹いっぱいになったところで帰路に着いた。
ところで、川越になぜこのような蔵が立ち並んでいたかというと、ここは江戸時代舟運の要で新河岸川を利用したり川越街道を使って江戸に五穀や木材などを運んでいたことから倉庫業が発達したそうだ。
川越は「小江戸」と呼ばれ、その歴史的な意義の深い魅力的な街である。
|
トラベル・グルメ
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]





