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もちろんですが、いろいろなことがあるたびに と言って歩くわけにもいかないし、背中に張ってやろうかと何度本気で思ったことか・・・。 見た目でわからないし、いちいちいろんな人にいちいち説明もできないし、知的障害ではないから障害者として扱われるということでもないし、これから苦労するよと、こども病院の先生にも言われました。 ADHDを疑って病院に連れて行ったのは私ですが、診断をされて正直ショックです。 「障害」という言葉はすごく重いです。 病院にいかなければ、私がもっと翔を諭す(さとす)ことができていれば、とても広い心でみられれば、「個性」の範囲で済んだのではとも思います。 でも反面、ほっとしたようなところもあります。 著書やPCを見ていると、「しつけや愛情不足のせいではない」とたびたび書かれています。 もちろん診断後もあいかわらず、いろいろしでかしていますが、ひとつひとつ、あぁこれも障害のせいか、こう叱っても翔には理解できないのかもと思うようになると、ほんの少しだけ翔に優しく冷静になれるような気がします。 まぁ本当にほんの少しだけであって、あきらめ半分というか、連続していろいろされると、私も切れてしまって、叱り方も虐待とかわらないんじゃないか、だから余計ひどくなってしまったんじゃないかと後で反省している毎日です。 でも救われたのは、 こども病院の先生いわく、幼稚園に通いだしたら、「広汎性発達障害」の症状は徐々に改善されていくと思うが、逆に「ADHD」の症状がめだってくるようになるかもしれない、そうなったときは様子をみて投薬もするかもしれないということでした。 離席や落ち着きのなさが目立ちすぎると、教室で勉強できないわけで、 それによっては最悪の場合、いじめられたり、他の子供にも連鎖して、学級崩壊(ほうかい)が起きるからです。 ただそれも一時的なもので加齢とともにまるでエンジンのギアがローダウンしていくように、ましになっていくようです。 このブログをたてていろいろ障害についてや自分の考えもまとめましたが、わかっていても感情が素直についていくはずもなく、ふとしたときに「障害」と言う言葉が重くのしかかったり、対応の仕方を学んだにもかかわらず、今も感情的になって叱ったりしています。 我を忘れて叩いているときもあるんです・・・。 自己嫌悪に陥り(おちいり)ます。虐待(ぎゃくたい)のニュースをみるたび、気持ちがわかるような気がしてしまいます。 みなさん自分のこと、子供のことで精一杯なのは、私が百も千も承知です。だけど聞いてほしかった。 それだけです。すっとしました。 こんな難しい障害、母親の私でも理解しきれないし、きっと生活をともにしていない他の人はもっとわからないと思います。 もしかしたらこの先、翔や翼とおなじような子供に出会うかもしれません。 そんなときこのブログを読んでいただいた方が |
☆最後に・・・☆
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