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今日はハドソン・テーラーについて記事をアップしてみたいと思います。
テーラーは中国伝道で有名な宣教士ですが、僕が彼のことを思うときは、ただただ頭が下がるばかりです。
その中国で救われたウォッチマン・ニーも、彼を敬愛している一人です。
テーラーに限らず、19世紀後半から20世紀にかけて中国へ渡った宣教士の人たちは、本当に主に遣わされた素晴らしい器だったのだな〜と思います。
アップした写真の本はテーラーの伝記です。
僕は就職活動で頭がいっぱいになってる時に読んだので、漠然とした印象しか残っていません。
そんな曖昧な記憶ですが、他の人も言っているように、彼は多くの困難に遭いながらも伝道を続けた生き様がすばらしいと思います。
当時は中国へ行く事自体でも大変だったのに、行けば行ったで「あれは西洋の悪魔だ!」と、白人を見たことのない中国人から受け入れてもらえず、彼は弁髪までして中国人社会に溶け込み人々の心を開こうとしたと聞きます。
妻にも病などで先立たれ、再婚を繰り返したと記憶してます。
写真の本はいいかげんに読んだので、もう一度しっかり読みたいと思い、最初のほうだけ読み返した時、一つの印象深い事が書いてありました。
「大切なのは、その人が何をするかよりも、その人がどんな人であるかだ。」
そんな意味の文が書いてあったと思います。
りんごの木が柿の実をならせることが無いように、その人が良い人なら良い働きが出来ますし、悪い人なら何をしても悪いでしょう。
では具体的に、彼はどんな人だったのか?
スポルジョンについて書いたときも言いましたが、一つには彼が正常で良い人間性を持っていたという事です。
彼は家庭の事情で、16歳で自活することを余儀なくされ、医師の免許も取得し、言葉だけでなく行いで人に仕えることが出来るような人となって中国に渡りました。
そして中国に渡った後も、労苦に次ぐ労苦、苦難に次ぐ苦難の連続であったのです。
しかし、彼の働きは多くの実を結びました!
また別の本で読んだのですが、とても感動したことがあります。
それはある人が別の人に、「ハドソン・テーラーはどんな人でしたか?」と尋ねた時のことです。
その答えはこうでした。
「わたしの知っていることによれば、彼には際立った特徴があります。いつあなたが彼を訪ねても、彼は忙しくないかのようです。彼はあなたの事柄を最も重要であると考えてくれます。実は、彼の一日は、多くの手紙を書くことや多くの人に会うことで満たされています。彼は、自分には他にすることがないかのように、他の人を顧みます。」
まるで主イエスのようです!
このような人たちの存在があってこそ、ウオッチマン・ニーのように素晴らしく用いられるクリスチャンたちが、中国人のなかから出てきたのでしょうね。
彼の伝記、主が許されるならばもう一度読みたいものです。
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