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昨日、シャワーを浴びながら新しいエルサレムについて考えていました。
聖書の最後に登場するこの都は、物質的な都ではありません。
啓示録(黙示録)は、すぐにも起こるべき事を「しるしによって示された」ものです(1章1節)
この都はいろんな高価な物質から成っていることが書かれていますが、これはやはりしるしであって、実際に金、真珠、宝石などで出来た物質的な都ではありません。
啓示録の21章で、この都は「小羊の妻である花嫁」と書いてあります。
この花嫁は、パウロがエペソ人への手紙5章で言っているように、「聖くて傷のない栄光の召会(教会)」のことです。
この花嫁である都は、「神の栄光を持って」います(啓21章11節)
パウロもキリストと召会を指して「この奥義は偉大です」と言っているように、小羊の妻として完全に整えられた召会は、栄光にみちあふれています。
この新しいエルサレムのビジョンを思うと、自分の悩みや苦しみなど、実にちっぽけなものだと思いました。
ビジョンを見ることは、私たちを変えます。
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