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人間にとって最も問題なのは、他でもない自分自身ではないでしょうか? 少なくとも、クリスチャンにとってはそうです。 神の御心を一番妨げているのは、ほかでもない自分自身であることに、クリスチャンは遅かれ早かれ気づきます。 わたし自身、そう思います。 「自分は神のみこころを行っている。」そう思いながら間違っていたことが、なんと多かったことか。 またそれに気づいても、自分自身をどうにもできないことにどれだけ悩まされてきたか。 失敗すまいと気をつけても、どれだけ失敗してきたことか。 誤って罪を犯しても、告白すればイエス・キリストの血によって清められますが、いつもその繰り返しでは進歩がない。 自分が一番の問題なのです。他の誰でもなく。 ついにある日わたしは、自分のようなクリスチャンは、この世界に生きていてはいけないとまで思い詰めてしまい、こう祈りました。 「主よ、わたしをこの宇宙から消し去ってください!」 すると次の瞬間、 「わたしはすでに、あなたを十字架上で処分したよ」と、神の温かく優しい声が聞こえました。 わたしはハッとしました。 そうです!古い人は十字架上でキリストと共に死んだのです!二千年前、すでに対処済みなのです! まずこの事実を、 これは素晴らしい、重要なことです。 わたしたちの経験では、堕落した古い人は未だに生きているように感じるかも知れません。(死んだはずだよ古い人〜♪) しかしまず、神はこの古い人を十字架上で処分してしまわれたことを見る必要があります。これは時間を越えた事実です。 ハレルヤ!これは福音ではないでしょうか? もしあなたがこの事実に目が開かれるなら、必ずや歓喜して神をほめたたえるでしょう。 わたしたちが汚れていたり、自分が不完全であると感じるのは当然なのです。それは改善不可能なまでに堕落しており、死に渡す以外に価値はありません。ですから神はこの古い人を、キリストと共に十字架につけてしまわれたのです。 ですから失敗を通じて自分が徹底的に堕落していることを認識するのは、ある意味とてもいいことです。自分に望みを置いているうちは、十字架の必要もわからないからです。クリスチャンの道は自己改善ではなく、自己を死に渡すことにより復活にもたらされ、新しく変えられていく人生です。 ですから変えられたければ十字架の経験が不可欠です。 しかし今回は、まず古い人がすでに死んだという事実を見ることに強調を置きたいと思います。 これが神の目に起こっていることなのです。古い人はもう、神の前には死んでいるのです。ハレルヤ! 二千年前の事実をどう自分に適用するかは、またの機会があれば書きたいと思います。 画像はわたしのおふざけです^^; 「北斗の拳」の決め台詞、ご存知ですよね? そう、「おまえはもう、死んでいる」(爆 あまりたとえがよくないかな・・・
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まさしく福音ですね
。
2010/2/25(木) 午後 9:30
まさかストレートにこの画像を出すとは予想外だった・・・。
「お前はもう死んでいる。だから神さましかないんだよ。」おっしゃるとおりっ!
2010/2/26(金) 午前 8:25
いつくしみ姉妹>主に感謝します!
2010/2/27(土) 午前 10:34
わだけん兄弟>半分はこのジョークを言いたくて記事を書いたところがあります^^;
2010/2/27(土) 午前 10:35
\(^^)/ ハレルヤ
・・・この記事ステキ ポチねw
2010/3/13(土) 午後 11:42
あぐりさん、ありがとうございます(^^)
ふざけた画像付きの記事ですがw
2010/3/14(日) 午後 7:30