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第2コリント3:3 あなたがたは、わたしたちが仕えているキリストの手紙であって、それもインクによってではなく生ける神の霊で書かれ、石の板にではなく心という肉の板に書き記された手紙であることが、明らかにされているのです。 とても面白い表現だと思います。神の意図は人が彼の栄光を現すことですが、それをパウロは「手紙」にたとえて話しています。 どんな手紙にもメッセージが書かれていますよね。パウロにとってコリントの信者たちは、キリストの手紙であったと言うのです。 私もそのようなキリストの手紙になりたいものです。つまり私を人が見るとき、そこにキリストからのメッセージが読み取れるような存在になりたいのです。 そのためには存在が根本的に変えられる必要がありますね。特に「心」とあるように、心が神の霊によって「書かれ」る必要があります。心が変えられなければ、いくら外面的に善良なクリスチャンの振りをしても、それは演技にすぎません。 それらの日の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれであると主は言われる.わたしはわたしの律法を彼らの思いの中に分け与え、それを彼らの心に書き記す.わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。(ヘブル8:10)
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キリストの手紙になりたい・・・・インパクトの大きなタイトルですね。マタリーさんは今もそうなっていますけれど、きっとこれから益々そうなって行くのでしょうね。存在はもう丸ごと神さまのものになってますもの。
2010/7/17(土) 午後 8:17
いや〜、ここではいいことだけを書こうとしてますので、普段の私を知ってる人が見たら笑うでしょうね。
まだあくまで願望です。
2010/7/23(金) 午後 9:53