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マタイ12:20 「彼は公義を勝利へもたらすまで、傷んだ葦を折ることなく、煙っている灯心を消すこともない。」 |
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自分はクリスチャンであるにもかかわらず、なかなか祈らないものだなあと思います。 |
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人間にとって最も問題なのは、他でもない自分自身ではないでしょうか? 少なくとも、クリスチャンにとってはそうです。 神の御心を一番妨げているのは、ほかでもない自分自身であることに、クリスチャンは遅かれ早かれ気づきます。 わたし自身、そう思います。 「自分は神のみこころを行っている。」そう思いながら間違っていたことが、なんと多かったことか。 またそれに気づいても、自分自身をどうにもできないことにどれだけ悩まされてきたか。 失敗すまいと気をつけても、どれだけ失敗してきたことか。 誤って罪を犯しても、告白すればイエス・キリストの血によって清められますが、いつもその繰り返しでは進歩がない。 自分が一番の問題なのです。他の誰でもなく。 ついにある日わたしは、自分のようなクリスチャンは、この世界に生きていてはいけないとまで思い詰めてしまい、こう祈りました。 「主よ、わたしをこの宇宙から消し去ってください!」 すると次の瞬間、 「わたしはすでに、あなたを十字架上で処分したよ」と、神の温かく優しい声が聞こえました。 わたしはハッとしました。 そうです!古い人は十字架上でキリストと共に死んだのです!二千年前、すでに対処済みなのです! まずこの事実を、 これは素晴らしい、重要なことです。 わたしたちの経験では、堕落した古い人は未だに生きているように感じるかも知れません。(死んだはずだよ古い人〜♪) しかしまず、神はこの古い人を十字架上で処分してしまわれたことを見る必要があります。これは時間を越えた事実です。 ハレルヤ!これは福音ではないでしょうか? もしあなたがこの事実に目が開かれるなら、必ずや歓喜して神をほめたたえるでしょう。 わたしたちが汚れていたり、自分が不完全であると感じるのは当然なのです。それは改善不可能なまでに堕落しており、死に渡す以外に価値はありません。ですから神はこの古い人を、キリストと共に十字架につけてしまわれたのです。 ですから失敗を通じて自分が徹底的に堕落していることを認識するのは、ある意味とてもいいことです。自分に望みを置いているうちは、十字架の必要もわからないからです。クリスチャンの道は自己改善ではなく、自己を死に渡すことにより復活にもたらされ、新しく変えられていく人生です。 ですから変えられたければ十字架の経験が不可欠です。 しかし今回は、まず古い人がすでに死んだという事実を見ることに強調を置きたいと思います。 これが神の目に起こっていることなのです。古い人はもう、神の前には死んでいるのです。ハレルヤ! 二千年前の事実をどう自分に適用するかは、またの機会があれば書きたいと思います。 画像はわたしのおふざけです^^; 「北斗の拳」の決め台詞、ご存知ですよね? そう、「おまえはもう、死んでいる」(爆 あまりたとえがよくないかな・・・
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「あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。」 |
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わたしは以前、1年間だけ住んでいたA市に住んでいました。 そこから今の家に帰って来て10年以上経ちます。 少し前の話になりますが、それからわたしは久しぶりにA市の教会を訪問しました。 わたしにとってA市で過ごした教会生活は、本当にすばらしく、自分にとってその思い出は宝です。 そんなわけですから、久しぶりのA市に在る教会訪問は、わたしにとって里帰りのような気分でした。 さて、訪問当日のことです。 その日は現在住んでいる地元のB市に在る教会のみんなで訪問しました。 A市の皆さんと午前中約2時間の集会を共に終えたあと、わたしは懐かしい面々に挨拶しました。 そのなかに一人の年配の女性がいました。 「姉妹、おひさしぶりです」 わたしがそう言っても、その人はしばらくキョトンとしてました。 どうもわたしを忘れているようなので、「○○です」と名前を名乗りました。 へ? 「いや〜、兄弟。いろいろ苦労なさって砕かれたのね〜。別の人かと思って気づかなかったわ」 その姉妹いわく、前のわたしは堅い印象があったのが、それが柔らかくなっていたそうです。 (今でもかなりカタブツだと思うのですが・・・ということは当時はもっと堅い印象があったんですね 汗) 2時間もいっしょに集会していて、ずっと他人と思われていたなんて驚きでした。 まあ、何年も経ってまったく変わらないようではクリスチャンとして困るのですが。 しかしこの記事を読んだだけでは、単に歳とって角が取れただけの話みたいですね。本当は違うことを言いたかったのですが、実例が少しお粗末でした。 あとで「理論編」を書こうかと思ってます。
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