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ローマ人への手紙3:22 「すなわち神の義は、イエス・キリストの信仰を通して、信じるすべての人にもたらされました.そこには何の差別もありません.」(回復訳) 上の「イエス・キリストの信仰」という言葉は、「イエス・キリストにある信仰」と訳すこともできるそうです。 そうです。信仰はイエス・キリストの中にあります! 信仰の源は、わたしたちにはありません。信仰は主から与えられるものです。 また信仰は、主イエスご自身だとも言えます。 わたしたちが主イエスに聞き、彼を知り、彼を評価し、彼を尊ぶとき、彼はわたしたちの内側で信仰となってくださいます。信じる力になってくださるのです。
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第2コリント4:7 しかし、わたしたちはこの宝を土の器の中に持っています.それは、その卓越した力が神のものであって、わたしたちからではないことが現れるためです。 若いころ、わたしは自分を強い人間だと思っていました。 しかし少しは人生の苦労を知って、「自分はそんなに強くないな」と思うようになりました。いや、むしろ弱いと感じるようになりました。 上に挙げた聖書の箇所でも、著者であるパウロは「宝を土の器の中に持っています」と述べています。 創世記によれば、人は地のちりから造られました。人は土の器なのです。弱くもろい、土の器です。 しかしここがミソなんですね。 弱くもろい器の中に、宝がある。「それは、その卓越した力が神のものであって、わたしたちからではないことが現れるためです。」 クリスチャンになってもすべてが自分の思い通りにうまくいくことはありません。やはり人生の労苦はあります。 しかし、そんな中で自分の弱さを思い知らされる時にこそ、神の力が現れるのです。 わたしも「もうダメだ!」と思った時が今まで何度もありました。 しかし自分の限界を超えた時、神からの力が与えられて、苦難を乗り越えることができました。 (もし自分の力ですべて解決できたら、神の力は現れることはなかったでしょう) 上の言葉を書いたパウロは、「わたしは弱い時にこそ、強いからです。」と言っています。 苦しい時に苦難を減らすのではなく、内側から力づけてその状況を乗り越えさせてくださる。これはクリスチャン生活の醍醐味のひとつだと思います。
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この歌、そして動画にアップされた歌声!とっても気に入ってしまいました!! Take time to behold Him, Speak oft with Thy Lord, Abide in Him always, And feed on His Word. Wait thou in His presence, Submissive and meek, Forgetting in nothing His blessing to seek. Take time to behold Him, The world rushes on; Spend much time in secret With Jesus alone. By looking to Jesus Like Him thou shalt be; Thy friends, in thy conduct, His likeness shall see. Take time to behold Him, Let Him be thy guide; And run not before Him Whatever betide; In joy or in sorrow Still follow thy Lord, And, looking to Jesus, Still trust in His Word. Take time to behold Him,
Be calm in thy soul, Each thought and each temper Beneath His control. Thus led by His Spirit To fountains of love, Thou then shalt be fitted His mercy to prove. |
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また「すべてが益となる」というお話です。(ローマ8章28節) |
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さいきん都市部を中心に、占いがけっこう繁盛してるようだ。 |




