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			<title>Jesus diary</title>
			<description>あるうつ病クリスチャンの日常、想い、学び、祈り。

病気の治療を目指しつつ、その過程でも生きた神を知り、そのみこころにしたがって生きることを願っています。
イエスを愛し、彼のからだである召会（教会）を愛しています！

けっこう気まぐれに更新してますが、ご容赦ください。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/juni_slow</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>Jesus diary</title>
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			<description>あるうつ病クリスチャンの日常、想い、学び、祈り。

病気の治療を目指しつつ、その過程でも生きた神を知り、そのみこころにしたがって生きることを願っています。
イエスを愛し、彼のからだである召会（教会）を愛しています！

けっこう気まぐれに更新してますが、ご容赦ください。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/juni_slow</link>
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		<item>
			<title>命ってすばらしいなあ！</title>
			<description>あ、ひとこと言いたかっただけです。（ツイッターか）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/juni_slow/50773187.html</link>
			<pubDate>Sat, 04 Sep 2010 18:12:13 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>キリストnotキリスト教</title>
			<description>私は人にキリスト教という宗教じゃなくて、イエス・キリストという一人の生きた方をお伝えできたらと思っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だいたい、キリスト教ってよくわかりません。一人の神様を信じてるはずなのに、なんであんなに全然ちがう宗派がたくさんあるのでしょう？？知れば知るほど混乱した印象を受けます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ひとつの宗教とか思想を勉強するのではなく、一人の愛すべき方を知っていただきたいのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それにはやはり、聖書を通じてイエスに出会っていただきたいです。聖書には生きたイエスが啓示されています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よくよく聖書を読んでみると、聖書に教理のようなものは、あまり無いようです。むしろイエスがどういう方か、神は何をしておられるのか、そういうことが書かれていると思います。教理と呼ばれる多くのものは、宗教家たちが後から作り出したものに思えます。それら多くの教理が複雑に絡み合って、キリスト教という巨大で得体の知れない宗教を作り出してる気がします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まずは聖書はなんと言っているか？そこに立ち返って、イエス・キリストに皆さんが出会ってほしいと思っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「主の御名を呼び求める者はすべて救われる」（新約聖書より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
聖書をオンラインで読みたい方は、こちらへどうぞ&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.recoveryversion.jp/&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.recoveryversion.jp/&lt;/a&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/juni_slow/50767248.html</link>
			<pubDate>Fri, 03 Sep 2010 07:02:16 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>おもしろ聖書words</title>
			<description>「悲しみは笑いにまさる。&lt;br /&gt;
　顔の曇りによって心は良くなる。」（旧約聖書　伝道者の書7章3節）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神から知恵を授かったと書かれているソロモン王の言葉です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おもしろい言葉ですが、真実を言っていると思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/juni_slow/50703093.html</link>
			<pubDate>Wed, 18 Aug 2010 19:43:02 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>弱くてオッケー</title>
			<description>わたしはクリスチャンになって間もない頃、自分は強いクリスチャンになりたいと思ってました。またそうでなければならないと思ってました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところがわたしには、自覚している弱さがありました。たとえば人に対して臆病であること。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旧約聖書の箴言にも「人を恐れると、わなに陥る」とあったので（29:5）、「このままではいけない」と、ますます必死になって臆病を克服しようとしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしがんばって努めるほど、かえって自分の弱さを見せられるではありませんか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後々になってわかってきましたが、わたしはクリスチャンの道を勘違いしていたのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
努力しても変えられない弱さを感じたら、それを正直に神への祈りに変えればよかったのです。「わたしは臆病者です」と。そういう神に依り頼む姿勢こそクリスチャンの生き方だと、後になってはっきりしてきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
熱心すぎて、本当にムダな苦労をしました。主はわたしに「もっと強くならなきゃダメじゃないか！」と思っていたのではなく、「早く自分の弱さを正直に認めなさい。そして私に頼りなさい」と言っておられたのですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ペテロが３度も主を否んだ失敗は、こういうレッスンを教えてると思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/juni_slow/50682260.html</link>
			<pubDate>Fri, 13 Aug 2010 14:01:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>人の欠点はよく見える</title>
			<description>人の欠点というのは、よく目に付く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし自分がどんな欠点を持った人間かは、なかなか気づかぬものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
聖書にも「あなたの目にあるちりを取り除かせてください」と言いながら、自分の目にある「梁」に気づかない者について、イエスは叱責している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この「ちりを取り除かせてください」・・・やりたくなるんだよな～。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
聖書の注釈にこうあった。「人の目にあるちりを見るときは、自分の目にある梁があることをを思い出すべきです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まったくもってそのとおり。気をつけよう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/juni_slow/50672033.html</link>
			<pubDate>Tue, 10 Aug 2010 21:08:11 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>善悪の知識の木はどこにある？</title>
			<description>命の木のすぐ側にあるんだよね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
気をつけないと。。。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
聖書や霊的書物の知識でさえ、そこから命によって養われなければ、むしろそれを取って食べると死ぬという結果になることがある。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「文字は人を殺しますが、その霊は人に命を与えるからです。」と第二コリント３章でパウロも言っている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここの「文字」とは律法の条文のことのようだが、新約聖書だって律法になり得る。そこから命の養いを受けなければ、新しい律法を守ろうとしているのと何ら変わりない。そして霊的に死を被る。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やはり生かされなくては、意味がない！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/juni_slow/50628224.html</link>
			<pubDate>Sat, 31 Jul 2010 10:56:51 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>あなたがたの召しを考えてみなさい</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;コリント人への第一の手紙１章から&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;1:26 &lt;b&gt;兄弟たちよ、あなたがたの召しを考えてみなさい．肉によれば知者は多くはなく、力ある者も多くはなく、生まれの良い者も多くはありません。&lt;/b&gt; &lt;br /&gt;
1:27 &lt;b&gt;しかし、神は知者を辱めるために、この世の愚かな者を選ばれました．また神は強い者を辱めるために、この世の弱い者を選ばれました．&lt;/b&gt; &lt;br /&gt;
1:28 &lt;b&gt;また神は、有るものを無いものとするために、この世の生まれの卑しい者、さげすまれた者、すなわち無きに等しい者を選ばれました&lt;/b&gt; &lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「あなたがたの召しを考えてみなさい」とあります。わたしも改めて考えてみました。高校生の時の話になります。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;思い当たるところ、多々あります。たとえば･･･&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「この世の愚かな者を選ばれました」←まさに私のことですね。しかし当時は自分は愚かであるという自覚があまりなかったですね。パウロがコリント人に「あなたがたの召しを考えてみなさい」と思い起こさせたように、いま振り返ってみてよかったです。愚かなこの私が選ばれました！&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「この世の弱い者を選ばれました」←やっぱり弱かったですね。弱くてよく悩んでいました。そこへ主が来て召してくださったわけか。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「さげすまれた者」←明ら様にさげすまれた覚えはないですが、陰でバカにされてた気がしますね。服装がダサイとか。ぱっとしない奴だとか。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「無きに等しい者」←まさにそんな感じでした。まったく取るに足りない者でした。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;･･･というわけで、パウロの言葉どおり自分が召された当時について振り返ってよかったです。コリント人もいろいろ忘れてるところがあったので、パウロも思い出すよう促したんでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;「それはどんな肉も、神の御前に誇ることがないためです。」&lt;/b&gt;（２９節）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/juni_slow/50598239.html</link>
			<pubDate>Sat, 24 Jul 2010 10:35:46 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>キリストの有機的なからだ</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;この方から、からだ全体は、その豊富な供給のあらゆる節々を通して、またそれぞれの部分の度量に応じた活動を通して、組み合わされ結合され、からだを成長させ、愛の中でそれ自身を建て上げるに至るのです。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;（エペソ4章１６節）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;いつ読んでもすばらしいと思う箇所です。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;キリストの&lt;b&gt;有機的な&lt;/b&gt;からだとしての召会の生き生きとした光景を見せてくれています。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;とても有機的で、命が感じられます。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;人が生まれながらに持っている命ではなく、キリストご自身がからだの命となって、生き生きと機能し活動しています。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;召会の究極的な理想の状態が、ここにあります。とても内容が豊かな一文で、どの部分を取り出して語ってもとても時間がかかると思います。語りつくせないほど！（たとえば「愛の中で」）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/juni_slow/50526617.html</link>
			<pubDate>Thu, 08 Jul 2010 07:16:28 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>キリストの手紙になりたい</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;第２コリント３：３&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;あなたがたは、わたしたちが仕えているキリストの手紙であって、それもインクによってではなく生ける神の霊で書かれ、石の板にではなく心という肉の板に書き記された手紙であることが、明らかにされているのです。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;とても面白い表現だと思います。神の意図は人が彼の栄光を現すことですが、それをパウロは「手紙」にたとえて話しています。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;どんな手紙にもメッセージが書かれていますよね。パウロにとってコリントの信者たちは、キリストの手紙であったと言うのです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;私もそのようなキリストの手紙になりたいものです。つまり私を人が見るとき、そこにキリストからのメッセージが読み取れるような存在になりたいのです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;そのためには存在が根本的に変えられる必要がありますね。特に「心」とあるように、心が神の霊によって「書かれ」る必要があります。心が変えられなければ、いくら外面的に善良なクリスチャンの振りをしても、それは演技にすぎません。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;それらの日の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれであると主は言われる．わたしはわたしの律法を彼らの思いの中に分け与え、それを彼らの心に書き記す．わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。&lt;/b&gt;（ヘブル8:10）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/juni_slow/50491803.html</link>
			<pubDate>Thu, 01 Jul 2010 07:59:23 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>変わるべきは？</title>
			<description>よく気に入らないことが起こると、「この状況さえ良くなれば・・・」と思ったり、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分の気に入らない人がいると、「この人さえ変わってくれれば・・・」と思っちゃいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし実は、神は他の何ものでもなく、この私に変わって欲しいのだと気付かされることが多々あります。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/juni_slow/50480333.html</link>
			<pubDate>Mon, 28 Jun 2010 21:01:35 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
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