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一年間、更新はせずにいました。
昨年度は結局2月ごろに指導を一度やめました。
それから新人戦の前に顧問の先生のお話を聞き、チーム状態が良くないことを知りました。
少しでも手伝えればと思い、ボランティアで昨年の9月から11月ぐらいまで続けていました。
チームは新人戦では団体・個人とも県大会出場を果たしていました。
しかし、自分の思うところとは違う子どもたちの心の成長に気が滅入ってしまいました。
今は部活には顔を出していません。
これからはいろいろなことを書いていこうと思います。
まずは今の仕事からです。
大人の事情(笑)であまりはっきりとは言えませんが、
なかなか面白い仕事をやらせていただいております。
9月から始まったある事業なのですが、
近所の同級生のおやじさん(事業の理事)に誘われて、
その時まで約2年間お世話になった塾をやめました。
事業の内容は以前から自分がやってみたいと思っていた仕事でした。
それまでの仕事は実は面倒を見ていたテニス部の学校に近い職場だったからなどという理由で
はじめたものでしたから、部活を見なくなった今、やってみる価値はあると思いました。
以前から、自分には貧しいとか死にたいとかいじめられて不登校とか
感じられるがわからない世界という感覚でした。
学校や塾、部活で接してきた子どもたちにも貧しい家庭の子や不登校、いじめられた子はいました。
しかし、学校にいるときはそういったことに深く立ち入ることはなかな難しいものがありました。
特別な状況のときにはそれもできました。
母子家庭の小学生でどうしても学校であばれてしまう子がいました。
補助職員として配属されたのですが、担任の先生がいろいろと任せてくれ、
校長先生も後押ししてくれたこともあり、さまざまなかかわりあいの中で
穏やかに登校できるようになりました。
部活でも生活が貧窮している家庭で一日部活があると弁当がない子がいました。
相談室登校の子に毎日話に行った時もありました。
でもそれは氷山の一角だとおもっていました。
学校の中では何かが隠れていました。
いじめとか不登校とか学級崩壊はその何かを母体にして引き起こされているような・・・
それは親や教師といった大人の中にもあって、集団ヒステリーのようなもののように思えました。
最近、昔馴染みの友人と話をしたときにもそれを感じました。
今回参加させてもらっている事業は貧困の連鎖を断ち切るという目標があります。
私は学校での違和感や友人とのすれ違いに貧困というものの影を感じました。
それが原因で引き起こされたり、それにおびえるがあまり引き起こされるさまざまな軋轢がある。
日々勉強、今は子どもらに日々努力と語っていたことが自分に投げかけれ、
部活で子どもたちが見せてくれた努力が自分の活動力になっています。
苦しい練習に笑顔で応えた中学生たちに負けないよう、毎日、仕事を頑張るのみです。
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