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●3番目のホストファミリーについて書きたいと思います。 3番目のホストファミリーは、アイルランド出身でした。 家も海沿いの大きな家だったので生徒が少なくても8人はいます。(一部屋2人ずつ) ・ホストマザー(イブリン) ・お手伝いの女性(ロージー) ・ホストマザーが世話しているおじいちゃん(ピーター) ・経理?担当の親戚でもなんでもない人(スリム) ・ホストマザーの次男(ピーター) そしてホストマザーの弟(ジェリー)が近所に住んでいたのでよく家にいました。 そんな感じの家だったので、なんだか楽しかったです。 ●ハウスメイトの人も男女いて、入れ替わりも激しいのですが 落ち着いていた時のハウスメイトは、 中国人、日本人2人、韓国人2人、デンマーク人、ドイツ人、ベネズエラ人が 住んでいて、今思うとなんだか楽しかったです。 ドイツ人のテリーにドイツのビール(BECKS)を教えてもらい、 中国人のケビンと一緒にテリーの大学まで連れて行ってもらったり。 なんか弟と一緒にお兄ちゃんの大学に行くみたいでした。 ベネズエラ人のカルメンは、さすがラテン系!という感じで 音楽がかかると踊りだしちゃうし、ホストマザーの弟と不倫の中(みんな公認)だったり。 そのホストマザーの弟(ジェリー)は、そんなんでよく家に来て一緒に夕飯を食べたり、 居間にいたり、時にはギターを片手に歌ってくれたり。 アイルランドのあいさつ「TOP OF THE MORNING!」というのも教えてもらいました。 ※ちなみにハローみたいな意味? ホストマザーはCRAZYで、なんかぶっ飛んでいておもしろい。 経理担当?のスリムは名前はスリムだけど、太ってる。笑! ディナーはおいしいとは言えない時もありましたが、 たまに食後にワインとかが出てきたり、アイスも食べてよかったので 私的には過ごしやすい環境でした。 最初は早くて、何言ってるかわからなかったホストの英語も 徐々に慣れてわかってきたので、成長したのかな〜と。 2005年と2007年に飛び込み訪問した時もあたたかく迎えてくれました。 たくさんの生徒を迎えているので、名前なんて覚えてくれていないかと思いきや ちゃんと覚えていてくれて、いつも行くとあたたかく迎えてくれるので 私にとっては第二の故郷、家族となりました。 ホームステイしていた時は、詮索好きで女の子には冷たいお手伝いのロージーが そんなに好きではなかったのですが、今では手紙をくれるので文通しています。 大好きなホストファミリー。いつまでも元気でいてほしいです。
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イギリス留学日記 '01-'02
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●2番目のホストマザーDorothyおばあちゃんが 「私も年だし、生徒を引き受けるのを止めようかと。」と言いました。 ショックな面もありましたが、 おばあちゃんもきっと体力的に、精神的に 大変なんだろうなと思うと仕方がないかと…。 Dorothyは、 今の家もだんな様(すでに亡くなっている)との思い出の家もあるし この家に留まっていたいけど、 年齢的にも1人で暮らすのは大変になってきたから この家を出て、孫もいる娘の家に引っ越すつもりと教えてくれました。 私のもう1人のルームメイトHanaも年末(2001年12月)で学校も終わるし、 丁度いい機会だからと。JUNKには悪いけど、そうしたいの。と。 私はまだイギリスにいる予定だったので 次の家を探さなくてはいけなくなりました。 ●フラットタイプ(アパート)を誰かとシェアして 1人部屋に住むのを考えましたが、なんせお金が足りない…。 フラットだと、家賃、光熱費(込みの場合もあり)に 食費もかかってくるし…。 結局、予算+学校へ通える所を考えると やっぱり安い、ホストファミリー。 しかもまた部屋をシェア。1人部屋ではなく、1部屋に二人タイプ。 もう選べる状況でもなかったので 学校の掲示板にあったルームメイト募集を見て 会いにいってみました。 Leeという名前からてっきり中国人かと思ったら 韓国人だったので、ほっ。 ※韓国の人とは、日本人はわりと気があうと思います。 そして家を見に行かせてもらい、 部屋にはTVと冷蔵庫もありました。 私的には、ちょうど日本語を話したくない時期だったのもあり、 日本人の男の子がいたので気になりましたが 8人生徒がいる中の1人だし、男の子だからま〜いいっかっと そこに決めました。 そして、のちにその男の子と私が付き合う事になるとは 誰が予想できたでしょう? 不思議な縁、それとも運命? 2007年の12月にも、その彼と出合ったホストファミリーを その彼と一緒に訪ねて来ました。 その様子は、また後日、イギリス旅行記'07にUPします。
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●イギリス留学日記、かなり不定期ですいません。 今回は、2番目のホストマザー Dorohty(ドロシー)の家について書きます。 ●最初にお世話になったホストマザーが フランスに引っ越すという理由で 家を出なけくてはなりませんでした。 しかし、私はちょうど語学学校の9ヶ月コースも終了目前。 学校が終わるということは、 ホストとの契約も終了になってしまうので どうしようかと次の家探し。 ●私は韓国人のHanaと一部屋2ベッドの状態で シェアしていたのですが、 シェアもいいけど…プライベートな時間も欲しいな〜と 一人部屋に憧れも抱き、フラット(アパート)など探し始める。 がっ!親から仕送りがあるわけでもない私は 結局、金銭面と、良い条件の物件が見つからなかったので Hanaと一緒に30メートル位しか離れていない ドロシーの家に引越し、またHanaとシェア継続。 ●もともとドロシーの家には、 向こうで出来た友達2人が住んでいて 1回家に遊びに行った時に、一緒にゲームしたり 夕飯をごちそうになった事もあり、 「優しいおばあちゃんだな〜」って思っていたのがきっかけ。 2人の友達がそれぞれの国に帰るというので、 部屋に空きが出るのを知っていたので、 Hanaにドロシーの家を進めたのである。 Hanaはすぐに気に入ったみたいで、即決定! ●私は、一人部屋への憧れと、 またHanaとか…(実際いい子なんですが) という気持ちも正直あり少し悩んでいました。 最初のホストマザー Annita も私の次の家が決まらないと 自分が追い出すみたいで悪いと思っているのか 「Hanaと一緒に住むのはダメなの?」と聞いてきた。 う〜〜んと言っていたら それに続けてHanaも冗談まじりに「私の事キライなの〜?」って。 そしたらAnnitaが「ドロシーに聞いてあげるっ」て電話かけちゃって、 次の日、一緒に部屋とか見に行って話をつけてくれて…。 部屋代も今のままの料金でいいって言うし、 私が違う学校に通うことになってもOK!ということで私も決定! (↑こういう事は、学校と家との契約だからダメらしいけどね) そしてHanaと一緒にお引越ししたのです。 Dorothyの家での思いではまだまだあるので
つづきは、また今度。 |
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●私のホストマザーは3人です。 ・まず最初に9ヶ月間、お世話になったAnnitaの家 ・次に3ヶ月お世話になった、Dorothyおばあちゃんの家 ・最後の9ヶ月?お世話になった アイリッシュのパワフルMrs.B(Evelyn)の家 ●今回は一番最初のホストファミリーについての思い出です。 最初の家は、ホストマザー+Leo(猫)だけの家です。 なんと私のホストマザーは、 私が通う語学学校のCanteen(学食)のおばちゃんでもありました。 ●イギリスに着いた次の日から学校だったのですが、 初日に迷子になり学校から家に帰れなく、 住所も電話番号もひかえていなかった私は顔が青ざめました。 私がイギリスに行ったのは真冬の1月。 辺りもだんだん暗くなってきて、余計に不安が…。 家のある通りに来ているのはわかるんだけど、 何番地かわからない。。。(ToT)/ 公衆電話から私が通う学校に電話し 「迷子になっちゃったので、電話番号を教えてください。」と 必死で聞き、たまたま電話を取った事務のおばさんが 私のホストマザーの友達だった事もあり、 「Aniitaの家ね!」とすぐわかってもらえましたので、ほっ。 その次の日は、授業が終わった後にCanteenに行って 一緒にホストマザーと歩いて家に帰りました。 ●歳はきっと40代半ばくらいなんだろうな。 とても厳しい人で、よく怒られました。 ★まず… 電話は市内であっても、数秒だったとしても 必ずプリペイドカードを買ってからじゃないと 使わせてもらえませんでした。 韓国人のルームメイトがホストマザーがいない時に こっそり使っていたので、私もちょっと使ったら… 請求書を見たホストマザーが激怒!! お金を払わされました。市内の電話だったら カードを使うとかなり割高なので、 「お金をちゃんと払うから、電話を使わせてくれ。」と 頼んでみたけど、断固としてNo!!でした…。 ★他にも… 日曜日は10時くらいまでホストマザーが寝ているので シャワーをあびたらいけない。(起こしてしまうから) ★ホストマザーの部屋にはシャワーとトイレが付いていて、 私達の部屋の隣にもシャワーとトイレがあるのですが、 朝は、ホストマザーがシャワーを浴びるので 一緒の時間帯に入ってしまうとお湯がでないので 入ってはいけない。 ★TVもホストマザーがチャンネルの権限があるので 見たい番組は見れない。 ★最初は冷蔵庫に物を置くこともダメと言われたり。 などなど、いろいろ家のルールが厳しかったので 当時、英語もろくに出来ない状態+それなので かなりのストレスがあったかも。 爪もぼろぼろになるし、アレも3ヶ月こなかったし…。 ●しかし、厳しいけれど、温かく とても行動力があって、尊敬できる人でした。 私が家を出ることになったのも 彼女が南フランスに家を買って向こうに住む事になったから。 私がその家から引っ越す日、 最後の荷物を持っていざお別れとなった時は 我慢していたけど、やっぱり号泣してしまいました。 ●2番目の韓国人のルームメイト Hanaと一緒に 次のおうちに引越しをしたのでした。 ※イギリスで言うルームメイトは、 1部屋に一緒に暮らすお友達です。 なので私は、1部屋に2つベッドがある部屋に
ステイしていました。 (なぜって?単純にその方が安かったからです。) |
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●1年のつもりが結局2年になった留学ですが、 よく聞かれる質問がコレです。↓ 留学費用全部でいくらかかったか? ●う〜ん。あんまりはっきりとは覚えてないのですが、 たぶん、合計で300万円くらい?でしょうか… 高いでしょうか? でもコレでも貧乏、生活費切りつめ生活。 最後の方は、バイトして約月8万円位稼いで 家賃5万ちょっとを払い、 残りの3万弱でギリギリ生活してました。 でもそんな貧乏でも楽しいのが留学です。 ●ちなみに最初に現地の語学学校の9ヶ月コース (授業料+ホストファミリー代=70万弱) ※ちなみにレートは£1=約165円くらいだったかな? その後も次の語学学校代、 ケンブリッジ英語検定を受ける前の3ヶ月は お気に入りの先生のプレイベートレッスンを週2で取り、 学校の休みの間には、ヨーロッパ旅行、スペイン旅行、 トルコ、アイルランドやイギリス国内など旅行し、 本当にいろいろな経験が出来たので、 けっして「高すぎる〜〜〜!」ということはないかと。 ●ま〜留学したのがロンドンではなく ロンドンから1時間くらい電車で南に行った街、 ブライトンだったので、費用も抑えられました。 ●ほとんど服も買わず、外食もせず、 無駄なお金はいっさい使わないようにしてました。 お菓子を買うのでも、食べたいものより、安いもの…みたいな。 お財布の中身とにらめっこ状態です。 ちょっとひもじくもありますが、 自分でお金を稼いで留学しに来た人は、 みんなそんな感じで節約していましたね〜。 ●だから短期で旅行気分で留学に来た人とか 親からの仕送りがあってリッチな人とかとは あきらかに違う見た目・生活なので 時に羨ましくもありましたが、 そこは割り切っていたので平気でした。 友達からの誘いも「お金がないから」とか言っても普通な感じ。 今は日本だし、ちょっと恥ずかしくて言えないですけどね…。 ●貧乏生活は、たしかにひもじいし、 決して満足ではないけれども 今もあんまりお金を使わないし、 いい勉強になったと思います。 正直、今でもその貧乏時代の気持ちが 肌にすりこまれているのか こんなにお金使っていいの?って疑っちゃいます。 でも今は、その時に比べたら裕福になったので これくらい使っても大丈夫って思って使ってます。 ●留学行って、すっかりすっからかんになった私は 留学から帰ってきて会いたいという友達の誘いも 「お金がないから、しばらくしたらね…」と 断っていました。すいません。本当に貧乏で。 でも本当に留学して良かったって思ってます!
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