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今年になり早々、介護担当の一年生になりました。 余命宣告半年を受けた父も抗がん治療の甲斐があり一年以上も 頑張り続けてはいましたが、やはり癌に侵された身体は徐々に弱り寝たきりに。 自宅に介護ベッドを入れ、訪問介護の申請をしたり。 投薬の管理に食事の献立、 そんな準備より介護一年生にとって一番の不安は 自分の親の下の世話をすんなりとできるかでしょうか。 病院での入院ならお任せできるのに、それも期限が切れて 一時退院し、再び入院申請をしたり。 弱る父親の身体を見て、最後はできるだけ自宅でとの想いが 我々兄姉からも上がります。 想いはあっても実際の自宅介護は24時間無休の そして、どこまで続くのか知れずの持久戦です。 癌の痛みを和らげる医療麻薬も日ごとにその量も増え、 意識が朦朧となり、幻覚と現実の狭間を行き来する精神状態。 父は野球が好きでした。 ある夜中の事、 『私はセリーグ北支部の者ですが』 『今回、パリーグの皆さんの前で・・・』 『こんな身体の私ですが、よろしいのでしょうか。』 ・ ・ ・ 夜中に独り演説、横では猫がエサを食べ、 だれも見ないテレビではお笑い番組。 そのうちに、 『ご清聴ありがとうございました。』と演説も終了 偶々、来ていた姉と私は思わず拍手。 猫は顔を見上げ、父は片手を軽く上げて応える姿。 まるで三谷幸喜さんが監督する映画の一コマのようであったり。 今日もどんな幻覚を見ているのか、笑える場面も多々。 自宅介護をはじめてすぐの頃、介護士さんと一緒に下の世話などを、 下半身の汚れを落とすのに温水をスプレー容器に入れて 父へ1吹き、2吹き。 その時、私と目が合った父は思わず大きく叫びました。 はじめ、何んの事か分からず、熱すぎたのか、冷たいのか。 しかし、『息子のお前にはされたくない、やめろ』と。 途中で止めるわけにもいかず、父親のおちんちんを持ちシュッシュッ。 親の厳格や威厳的なものがもろくも崩れ、 介護の決心が固まった瞬間だったように思います。 日々、痛みがあれば強力な痛み止めと医療麻薬の投与。 日中、夜間などは決まっておらず随時であります。 食べるものも流動食と言うか、ジュースやアイスクリームばかりに。 意識の混濁時間が日々長くなり、会話も無くなり。。 ふと、客観的には延命はせず心臓が止まるまでは 痛みを感じさせないように。 強い薬が量も増え続け。 これでよいのだろうかと感じてしまいます。 便秘になれば無理やり下剤や薬に、そして手を入れられ 強制排泄させられる姿。 苦しみだけに耐える日々。 自分の場合を想像してしまいます。 そんな父も弱る身体は限界に近く、そして薬のお陰で 痛みを感じずに呼吸が弱くなり、心音も途絶えました。 亡くなる数ヶ月前から葬儀の準備もしていましたので 慌てる事もなく、順調に事は進みました。 自宅に事務所を置き、いつも父親に応えられる環境で よかったと思います。 亡くなった悲しみと言うより、開放感の方が強いでしょうか。 不出来な介護一年生でした。 しかし、今の仕事にあぶれても、介護の仕事ができるかと 最後に父から教えを頂いたかもしれません。 看取るとは実際にこんな事なのかと実感したりです。
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医療&介護
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コメント(10)
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仕事柄である持病、腰痛と肩凝りと付き合いが永いです。 |
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もう腰痛と付き合い十数年になるだろうか、それに最近は |
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綺麗な歯は誰もの憧れですね、 |





