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2009年01月21日君子を目指せ 小人になるな(北尾吉孝著、致知出版社)
たむたむの自民党VS民主党http://tamtam.livedoor.biz/
北尾氏は、SBIホールディングス代表取締役CEOで、
2005年のライブドアによるニッポン放送買収問題でフジテレビのホワイトナイトと
なったことで注目を集めた人物で、中国古典や論語に詳しく、
それらを実践されている人でもあります。
今回の本もためになります。「あとがき」を掲載します。
君子というと、「聖人君子」という言葉を想起する読者諸子も多いことでしょう。
何か私たちの日常の社会生活とはかけ離れたところにいる人間のように
思われるかもしれません。しかし、それはまったくの
誤解であると言わなければなりません。
それどころか、現在の社会的混乱の根本原因が、
さまざまな組織の上に立つ人間が君子ではなく、
小人になってしまったことにあると私は考えています。
新聞やテレビを見れば、連日のように企業の不祥事が報じられています。これは、
企業のトップに君臨する本来君子たるべき人間が
拝金主義に陥り、人間としてあるべき最低限の道を踏み外してしまったところに
大きな要因があると言っていいでしょう。
自らの利益しか考えない「小人」的生き方が、
社員やその家族を不幸にし、
世の中に不安をばら撒いているのです。
そうしたやり方では、もはや社会は正常に機能していかないということが、
まさに今、私たちの目の前で証明されつつあります。
孟子は、君子と小人を分けるのは心の中心に
「仁礼」があるかどうかであると言い、この「仁礼」を
「常に人を愛し人を敬する心」と定義しています。つまり、
社会という場で共同生活を営む人間として、
他者に対して当然持つべき気持ちや態度を持っているかどうかが
君子と小人の分岐点であるというのです。
孔孟思想では明確な君子の定義こそしていませんが、
「仁」「義」「礼」「智」「信」を人間として守るべき徳目とし、
これを「五常」と呼びました。そして、
この「五常」こそ、君子たる人間の備えるべき徳目であるということを
『論語』の至るところで述べています。
このように、君子とは浮世離れした人間などでは決してありません。
私たちが生きているこの社会のなかで、
他者と協調し、協力しながら、
ともによりよく生きていこうとする人間を言うのです。
その人間としての根本的なあり方が失われているから、
今大きな問題が生じているのです。
ゆえに、この混乱している社会を立て直すためには、
一人ひとりが君子になろうと志し、
日々の生活態度を見直し、
改めることが一番の近道になります。
だから私は声を大にして言いたいのです。
今こそ「君子を目指せ 小人になるな」と。
子どもたちに、あるいはまだ見ぬ子孫のために、
健全な社会を残し、よりよき生き方を伝えていくことは、
今を生きる者の責務です。
その務めを果たすための方法を、
祖先の残した古典という叡智を借りて考えていきたい――
それが本書の目的とするところです。
何か心に留まる言葉があったとすれば、
ぜひともそれを毎日の暮らしのなかで実践し、
よりよき人生の糧として生かしていただきたいと思います。
≪急がば回れ。
人間でなく、ごろつき、チンピラのような成金になってしまっている。≫
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