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米国立第2公文書館に保管されているCIA機密文書には、日本に原子力事業が導入される過程が詳細に記されていた。
日本へのテレビ放送の導入と原子力発電の導入について、正力はCIAと利害が一致していたので協力し合うことになった。 その結果、正力の個人コードネームとして「podam」(英:我、通報す)及び「pojacpot-1」が与えられた。 組織としての読売新聞社、そして日本テレビ放送網を示すコードネームは「podalton」と付けられた。 この二者を通じて日本政界に介入する計画が「Operation Podalton」と呼ばれた。 CIAが正力松太郎に命じたのは、日本において原子力の平和利用キャンペーンを進めることだった。 正力松太郎は政財界の有力者とのコネや、読売新聞・日本テレビを活用して、原子力の平和利用キャンペーンを進めた。 1956年1月、正力松太郎は、原子力委員会の初代委員長に就任し、日本に原子力発電所を建設する構想を発表した。 1957年7月、正力松太郎は、第1次岸内閣改造内閣で国家公安委員会委員長・科学技術庁長官・原子力委員会委員長に就任した。 1960年1月、東海原発の着工開始 1964年11月、正力松太郎は、勲一等旭日大綬章を受章した。 1965年5月、東海原発の商用運転開始 正力松太郎は、「日本の原子力の父」と呼ばれるようになった。 |
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二本だけでしょう 新聞社とTV局社主を兼任できるのは。
マスコミを牛耳ることになりますからね。
2013/11/28(木) 午前 11:10 [ mitu ]