|
昭和天皇は敗戦が近づくと、自らが戦争その他で貯蓄した大量の金を日本銀行や横浜正金銀行から国際決済銀行(BIS)とスイス国立銀行に移した。
国際赤十字社のシステムは、人道支援のために作られたのではなく、国際金融同盟の会員がスムーズに商売(戦争)を続けるために作られた。 太平洋の委任統治諸島で秘かに石油や重要物資が日本の赤十字船に移された。 赤十字船は攻撃できないという国際条約ができていたので、日本は安心して物資を購入できた。 アジア支配の途中で略奪した金、銀、プラチナ等の貴金属は膨大だった。 金の一部を日本で金貨に鋳造して、食糧など現地での必要物資の購入にあてた。 残った、金、銀、プラチナ等の貴金属はスイスの国際決済銀行(BIS)に送った。 スイスで貴金属をフランやドルに交換して、迂回経路で必要物資の支払いにあてた。 残ったフランやドルは、国際決済銀行(BIS)やスイス国立銀行に入っていった。 戦争が長びけば長びくほど、天皇一族と秘かに天皇一族を支えた財閥の資産が増えていった。 |
通貨金融詐欺
[ リスト | 詳細 ]
|
グリーンバックと呼ばれる国家通貨を発行することは、エイブラハム・リンカーンにとって、死刑執行令状にみずから署名したも同然だった。
エイブラハム・リンカーンは、身の危険は十分承知していたが、国家の危機を憂う気持ちのほうが強かった。 エイブラハム・リンカーンは、次の文章を書き残した数週間後に暗殺された。 「わが国の安全に対する危機が近い将来に迫っているのが見えて、私は狼狽し震えている。 いまや企業中心の世の中となってしまったが、やがては政府高官たちの腐敗の時代がやってくるであろう。 わが国の金融勢力は人々の偏見を助長しながら、富が少数の者の手に集中し、共和国が崩壊するまで必死に支配の維持をはかるだろう。」 エイブラハム・リンカーン暗殺実行役のジョン・ウィルクス・ブースのトランクから暗号文が発見された。 しばらく後に、その暗号解読用のキーがユダ・ベンジャミンの持ち物から発見された。 ユダ・ベンジャミンは、ロスチャイルド家の親戚であり、南部連邦の財務長官を務めたユダヤ人だった。 数年後、ジェームズ・ガーフィールドは大統領に就任してすぐ、「一国の通貨の量をコントロールする者が、工業と商業の絶対的支配者なのである」と言った。 そして、ジェームズ・ガーフィールドは国際銀行家たちが求めた法案に署名するのを拒否した。 その数日後、ジェームズ・ガーフィールドも暗殺された。 |
|
1828年、12年にわたって第二合衆国銀行が容赦なくアメリカ経済を操作し、国民に不利益をもたらしながら自分たちの利益のみを追求した結果、アメリカ国民の我慢は限界に達し、第二合衆国銀行に反対する人々がアンドリュー・ジャクソン大統領を選出した。
アンドリュー・ジャクソンは、第二合衆国銀行の手先であった連邦政府雇用者2000人を解雇した。 1832年、第二合衆国銀行は、認可期限の4年前に、銀行の認可更新を認めるよう議会に申請した。 議会は、第二合衆国銀行の認可更新を認める法案を作成し、アンドリュー・ジャクソンに署名を求めた。 アンドリュー・ジャクソンは、この法案に対して拒否権を行使した。 アンドリュー・ジャクソンは、次の大統領選挙で「第二合衆国銀行廃止」をスローガンに戦った。 国際金融資本勢力が300万ドル以上の選挙資金を注ぎ込んだヘンリー・クレイを破り、圧倒的勝利でアンドリュー・ジャクソンが大統領に再選された。 1833年、アンドリュー・ジャクソンは、政府の預金を第二合衆国銀行から独立した銀行家たちが運営する銀行に預け換えた。 1835年、暗殺者がアンドリュー・ジャクソン銃撃を試みたが、暗殺者の拳銃は不発に終わった。 1836年、アンドリュー・ジャクソンは、第二合衆国銀行に対して銀行認可の更新を認めず、国際金融資本勢力の中央銀行をアメリカから締め出した。 アンドリュー・ジャクソンは、国債を完済した唯一の大統領でもある。 国際金融資本勢力が三つ目の中央銀行となる連邦準備制度理事会(FRB)を設立することができたのは、1913年になってからである。 |
|
アメリカは、ドルの崩壊を防ぐためにイランを侵略しようとしている。
米国の軍事費はドルを印刷するだけで賄える。 大量のドルを印刷してドルの価値が下落しても、石油の値段を吊り上げることでドルの価値は上昇する。 2000年、イラクは石油販売の通貨をドルからユーロに切り替えた。 これは、ドル金融支配への直接攻撃だった。 2003年、米国はイラクへ侵攻した。 米国がイラクを占領すると、イラクの石油販売の通貨はユーロからドルへ戻された。 リビアでは、カダフィがディナールというゴールド通貨をアフリカ諸国に流通させる過程にあった。 2011年、米軍とNATO軍は、リビアを崩壊させ、NATOがこの地域の支配権を握ると、米国が支援する反政府勢力はカダフィを殺した。 そしてすぐに、彼らはリビアの中央銀行を設立した。 イランは、石油のドル販売を批判するキャンペーンをしてきた。 イランは、石油とゴールドの交換取り引きを開始することを決めた。 これを受けて、米国はイランに対する軍事攻撃を開始するための根回しをしている。 米国は、イラン経済を崩壊させるために経済制裁を実行した。 イランが核兵器を開発しているという口実で、米国はイランを侵略しようとしている。 シリアは、イランと相互防衛条約で繋がっている。 シリアは、NATOからの反体制派への支援で不安定にさせられている。 化学兵器の使用を口実にして、米国はシリアを侵略しようとしている。 米国を支配している連中は、ごく少数の国々がドル以外の通貨で石油を売り始めるだけでも、それが連鎖反応をおこし、ドルが崩壊することを承知している。 ロシアと中国は、シリアやイランへの米国による侵攻を許さないと公言している。 イランは、この地域における最後の独立系産油国であり、ロシアや中国にとっても非常に重要な国だ。 もしイランが米国に占領されたら、ロシアや中国がドルから逃れる方法は、戦争で米国を潰す以外にない。 1913年、ドルを無限に印刷する権力が連邦準備制度理事会に与えられた。 連邦準備制度理事会は、世界最強の財閥によって所有されている民間銀行だ。 彼らは、世界戦争をしてでもドル金融利権を保持するつもりでいる。 イランの近代史は次のようになる。 イギリスとロシアは、1907年にイランへの介入を開始し、イランを内戦の混乱へ突き落とし、1911年には直接軍事介入してイランを占領した。 その後、1921年にクーデターが発生し、イギリス軍、ロシア軍はイランから撤退した。 1941年8月、イギリス軍とソ連軍が再びイランを占領した。 1953年、英米のイラン石油利権を守るためにMI6とCIAが、イラン首相を失脚させ、イランの石油国有化を阻止した。 1957年、CIAとモサドによりイラン版NSAが設立され、農地改革令で地主の勢力を削ぎながらイラン産業の近代化を進めた。 1979年、革命によりイランの帝政が倒れ、イスラーム政治体制が始まり、英米のイラン石油利権が消滅する。 1980年、CIAからの支援を受けたイラクが、イラン南部へ侵攻する。 一方、ドルの近代史は、次のようになる。 1910年、連邦準備制度理事会が設立された。 1945年、ブレトン・ウッズ協定でドルを世界基軸通貨に定めた。 これにより、国際商品はドルで値付けられる事になった。 米国に財政優位性を与えるこの協定は、ゴールド1オンスあたり35ドルという固定値で換金できる条件だった。 米国は、あまりドルを印刷しない事を約束したが、これは不正な事をしないという信頼に基づくシステムだった。 なぜなら、連邦準備制度理事会は、ドル印刷プロセスにおける、あらゆる監査や監視を拒否したからだ。 1970年に至るまでのベトナム戦争における支出のために、米国は保有するゴールドよりもはるかに多くのドルを印刷した。 多くの国々は、自国が保有しているドルをゴールドに交換するよう米国に求めた。 これにより、ドルは暴落した。 1971年、フランスが自国の保有するドルをゴールドに交換するよう米国に求めたが、ニクソンはこれを拒否し、ドルとゴールドの交換を停止した。 1973年、ニクソンは、米国債、手形、証券といった超過利益に投資する為に、サウジアラビアのファサール王に対して、石油の販売をドルでのみ行うよう求めた。 その見返りに、ニクソンはサウジアラビアの油田に対して米軍による保護を提供した。 米国からの同様の申し出は、世界の主要産油国へと拡散された。 1975年までに石油輸出国機構の全メンバー国は、石油の販売をドルでのみ行う事に合意した。ドルは、ゴールドから離れて石油に結びついたのだ。 これにより、世界中の石油輸入国は、連邦準備制度紙幣ドルの継続維持を強制された。 そして、世界中の石油輸入国は、ドルを得るために、物品を米国へ送らなければならなくなった。 これが、オイルダラーの誕生だ。 米国は、ドルを印刷するだけで全てのものを入手出来るようになった。 これは、歴史上最大の金融詐欺だった。 |
|
国家を銀行に隷属させる世界銀行の戦略
1.民営化 . このとき国有財産の販売価格を数十億ドル削るのと引き換えに、国の指導者は10%の手数料をスイスの銀行口座に振り込んでもらっている。 . これは収賄であり汚職である。 2.資本市場の自由化 . 国境を越える金に課税する法律を廃止させる。 . 海外から来た現金は、不動産や為替に投資される。 . その国の経済が上向きになったらすぐに資本を撤退させる。 . その国の経済は崩壊する。 . その国は国際通貨基金(IMF)に援助を求めることになり、30%の高利融資を受け入れざるを得ない。 . 30%だった金利は80%にまで引き上げられ、国庫は枯渇する。 3.市場に基づいた価格決定 . 食料品、水、ガスの価格が上がり、社会不安が高まる。 . 暴動が起こり、資本の撤退や政府の破綻を招く。 . 最後に残った資産を外資が底値で買い漁る。 4.自由貿易 . この段階で、国際企業がアジア・ラテンアメリカ・アフリカになだれ込む。 . EUや米国は、第三世界からの輸入農産物に対して高い関税をかけ、さらに第三世界への輸出医薬品に対して法外なロイヤリティを要求する。 . その国の疾病率や死亡率は急上昇する。 |


