自主独立詐欺

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1955年の財閥系大企業に対する外国資本の支配率は次のようになる。

銀行:93%
電力・ガス:70%
鉱業:74%
造船・造機:85%
鉄鋼・金属:91%
化学:78%
繊維:52%


その後、国鉄・電電公社・郵政公社・道路公団などが民営化され、独立系銀行も財閥系銀行に吸収された。
民営化された企業の株式を都市銀行などの外国資本に支配されれば、日本の国益を大きく損なうことになる。

外国資本に対する国益防衛手段としては、電力・ガスなどの社会インフラを国有化した事例がある。
アドルフ・ヒットラーを援助してナチスのトップに押し上げ、ナチスに政権をとらせたのは国際金融資本勢力だった。
ナチスは、ユダヤ人狩りを行ってユダヤ人を強制収容所に送り込み奴隷にした。

ナチス強制収容所のユダヤ人奴隷の労働によって利益を得ていたのは、国際金融資本勢力だった。
ヨーロッパのユダヤ人600万人の大半は、ナチスのユダヤ人狩りから逃れるためにアメリカやソ連に渡った。

ソ連のスターリンは、ポツダム会談(1945年7月17日〜8月2日)の際に「ヒットラーを取り逃がした」と伝えた。
ドイツ第三帝国が崩壊した後、1945年の7月から8月に掛けて、少なくとも5隻のUボートが、アルゼンチンに到達し、50人以上のナチス高官がアルゼンチンに上陸している。
アルゼンチンに到着する直前のUボートが米海軍やアルゼンチンの船に攻撃を加えて400人を超える死者が出ているが、英米軍はこの事件を闇に葬ってしまった。

1948年、国際金融資本勢力はイスラエルという仮の国家をつくり、ロシアで迫害されていた白人系ユダヤ人を傭兵として入植させ、パレスチナ人を虐殺する役目を与えた。
下記に示したモンティ・ホール問題からも明らかなように、情報を持っている者が圧倒的に有利なのであり、あらゆる重要情報を他国に依存している国は自主独立しているとは言えない。
同様に、機密文書を長期間に渡って開示しない国は、民主主義国家とは言えない。


モンティ・ホール問題

あるバラエティ番組の一場面、
3つの箱の中に1つの「アタリ」と2つの「ハズレ」がランダムに隠されている。
3つの箱のうち1つを選んでアタリとなる確率は1/3となる。

ここで、回答者が3つの箱のうち1つを選んだあとに、司会者が回答者の選択しなかった2つの箱のうちハズレが入っている1つの箱を開示する。
すると、回答者にとって、最初に選んだ1つの箱がアタリの確率は1/3、残りの1つの箱がアタリの確率は2/3となる 。

ここで、先ほど開示したハズレが入っている1つの箱を隠しておく。
すると、UFOが飛来してETが降りてきた。
ETが、2つの箱のうち1つを選ぶ。
ETが選んだ箱がアタリの確率は1/2となる。
1914年、第一次世界大戦(ー1918年)
1917年、ロシア革命(国際金融資本勢力が主導)
1918年、共産主義となったロシア新政府の人民委員384名の人種構成が発表された。(黒人2名、ロシア人13名、中国人15名、アメリカ人22名、ユダヤ人330名、他4名)
1939年、第二次世界大戦(ー1945年:ソ連の死者2000万人)
1949年10月、中国建国(国際金融資本勢力が主導)


>>> 毛沢東時代の犠牲者 7300万人
・体制によって暴力的に殺された人:1000万人(50万人はチベット人)
・「反革命派」としてラーゲリに収容され死亡した人:2000万人
・1959年の「大躍進期」に餓死した人:4300万人

>>> ソ連時代の犠牲者 6200万人
1997年11月6日、モスクワ放送は「10月革命の起きた1917年から旧ソ連時代の87年の間に6200万人が殺害され、内4000万が強制収容所で死んだ」と放送した。

明治維新の黒幕は、長崎の外商トーマス・ブレーク・グラバーであった。
グラバーの後ろ盾は、清に対してアヘン戦争を仕掛けたジャーディン・マセソン商会であった。

1863年、長州藩の伊藤、井上ら5人がヨーロッパに密航している。
1865年、薩摩藩の五代友厚ら17人がヨーロッパに密航している。

上海にもたびたび長州藩の藩士らが出国している。
これらはすべてグラバーを経由してジャーディン・マセソン商会が手引していた。

ジャーディン・マセソン商会は薩長同盟成立前に、既に薩摩藩や長州藩の人間をイギリスに密航させている。
英国大使ハリー・パークスも薩摩藩の後ろ盾になっていた。

薩摩藩と長州藩の集会所は、長崎のグラバー商会であった。
1866年、薩長同盟が成立し、翌年、孝明天皇と睦仁親王が暗殺された。徳川幕府は内戦を回避するために政権を返上した。

明治の元勲の大半は、グラバーを経由してヨーロッパで教育を受けた顔ぶれであった。

1894年、日清戦争のために戦費の1/3が海外に流失した。

1904年、日露戦争のために総額13億円の外貨公債を発行し、ロンドンの銀行とアメリカの銀行家ジェイコブ・シフから高利で借金をした。
これは一般会計歳入(2.6億円)の5倍にあたる金額であり、国際金融資本勢力に対して膨大な利息を払いつづけることになった。

戦艦三笠などの主要艦隊は、英国のヴィッカースで建造され、実戦では主要艦隊に英国の武官が乗船していた。
戦後のポーツマス条約によって、日本はロシアからの賠償金を放棄させられた。

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