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写真: 1978年10月3日 東京流通センターにおけるデータショウに出品されたJW-10原型機。あの日のパンフレットです。3日間,終日,立ちっぱなしで説明しました。
このブログは,天野真家,本人による東芝の提訴の解説です。
小学校4年生の頃,学校の映画鑑賞会で「怒りの孤島」を見ました。半世紀もたっているのに,そこに描写された貧しさ,哀しさは,二木てるみの可憐な少女姿と重なって忘れることができません。
日本は世界第二の経済大国と言われています。しかし,自然にそうなったのではありません。大戦後の先人たちの技術に対するたゆまぬ努力のおかげなのです。明治維新の時代,日本は食べるものにもこと欠く極貧と言っても過言ではないくらい貧しい国でした。
食べる物がないということがどれほど悲惨な事かは,70歳以上の方々なら戦争で体験済みでしょう。若い方々には,藤原ていさんの「流れる星は生きている」(中公新書)を一読されることをお勧めします。涙なしにこれを読むことはできません。7歳の正広と3歳の正彦,それに1ヶ月の新生児咲子を背負っての敗戦による満州からの逃避行の悲話です。藤原ていさんは産後まだ1ヶ月の26歳。そんな状況で,少しのお芋しかない食事の次の場面が生起します:
正広は大事そうにゆっくり食べている。正彦は餓鬼のように食べてしまって,いつものように私の分をねだって来た。お行儀の悪いことはしないように一応たしなめたが聞かない。ついに負けて私の残っている分を正彦に与えようとした。
「正彦ちゃん,もうこれだけですよ。そんなにお母さんを困らせないでね」
正彦は私の分を貰ってやっと落ち着いた。私は正彦の食べ方を見ながらまた涙が出そうでならなかった。
「お母さん,僕のをお母さんに上げるよ,お母さんお腹がすいておっぱいが出ないでしょ」
今までじっと見ていた正広が突然こういって,まだ半分食べ残して歯のあとがついているお芋を私に差し出した。私は正広が本気で私にそういってくれるのをその眼ではっきり受け取ると,胸をついて出る悲しさにわっと声をあげて泣き伏してしまった。
七歳になったばかりのこの子が自分が飢えていながらも母の身を案じてくれるせつなさと嬉しさに私は声をたてて泣いた。
--- 「流れる星は生きている」 p111
註:藤原正彦氏は「国家の品格」(新潮新書)の著者です。
アフリカの骨と皮だけになった子供たちの痛ましい姿は今でも時にテレビで見かけます。あのように日本がならないと言う保証はないのです。日本から技術が無くなるということは,今の文明的生活の全てがなくなるに等しいことなのです。
第二次大戦後,日本は奇跡の復活に成功し,現在,我が世の春を謡っています。しかし,つい数十年前には,まだ「おしん」,「怒りの孤島」,「女工哀史 野麦峠」の時代があったことを忘れてはなりません。
今の日本の繁栄は何によって支えられているのでしょうか?天然資源?違います。観光資源?違います。世界第二の経済大国である事が多少の観光資源になっている程度にすぎません。農産物の輸出?逆に,今の日本は輸入がなければ食料の供給もできませんね。では,農産物を買うお金はどこから出ているのでしょう。工業製品です。唯一,工業製品,それも世界に冠たる高品質の工業製品が日本を,ひいては我々の生活を支えているのです。もし,世界が欲しがる素晴らしい工業製品を作る力を日本が失えば,一体どのようにして食料を輸入し,石油を輸入し,他のありとあらゆる天然資源を輸入するお金を儲けるのでしょうか?北朝鮮のような最貧国に墜ちる以外に道があるのでしょうか。日本を支えている高品質の工業製品は技術者の頭から生まれるのです。技術立国とは,人的資源立国ということなのです。
しかし,日本では技術者は優遇されてはいません。単純にアメリカと比べてはいけません。アメリカでは「技術部長募集」が行われるような国なのです。日本のような(相当壊れてきたとは言え,まだ基本は)終身雇用の国とはまるで異なる構造になっているのです。今,日本では理系離れが叫ばれています。OECDの PISA(生徒の学習到達度調査)では,日本の子供の学力は低下の一途を辿りついにトップクラスから脱落したと報告されています。私は大学の教員をしています。今,私立大学は地方に出向き,予備校の教室を借りて入試を行っています。同時に数校の大学が同じ予備校で試験をすることも珍しくありません。昨年,仙台の入試に行き,教室を見て愕然としました。中堅クラスの大学の文学部の入試会場は100名ほどの教室が満員に近いほどの盛況ぶりでした。一方,やはり中堅クラスの大学の理工学部は100人の教室に1人だけだったのです。それほどに理系離れが進んでいるのです。
理工学部,特に工学部は,授業が難しく,単位は出にくく,3時間も4時間もかかる,下手をすると徹夜になる実験があり,卒研は厳しいのです。確かに,就職そのものは楽です。求人倍率は圧倒的に高いからです。しかし,入社してしまえば,大学時代,楽して(例外はあるでしょうが,一般論ということです)4年間を送ってきた文系と処遇は同じで,ひょっとすると出世は文系の方が早いとすれば,よほどの機械好きか,物好きでなければ理系に行きたがらないのは普通の人間の考えでしょう。
しかし,そのようなことが十年単位で続けば技術立国を支える「かなめ」がなくなります。戦前は,いや,戦後暫くも,「Made in Japan」は「安かろう悪かろう」の代名詞でした。今のほとんどの中国製品に日本人が持っている感覚を世界が当時の日本に持っていたのです。ところが,いまや,「Made in Japan」は「高品質」,「世界の憧れる工業製品」の代名詞になっています。と友人に言ったら,君は現状を知らない。そんな時代はもう去ったと意見されましたが,今はまだ大丈夫ではないかと私は思っています。
しかし,今のままで,あと20年経ったら,日本はどうなっているかわかりません。教育の大改革も必要でしょう。それは他の人々に任すとして,ここでは工学部に行き,技術者になりたいと思わせる技術者の地位の向上の対策が必要であることを訴えたいと思います。
(続く)
東芝ワープロ特許訴訟プレスリリース
http://www.ne.jp/asahi/kanmu/heishi/pressrelease.html
東芝ワープロ発明物語:車上の技術史
http://www.ne.jp/asahi/kanmu/heishi/index.html
プロジェクトX物語
http://www.shonan-it.ac.jp/each_science/info/amanoken/jframe.html
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