技術者の技術者による技術者のためのブログ

理系離れ著しい今日,技術者の地位を改善しなければ技術立国日本は滅びます。日本を「おしん」の時代に戻してはなりません。

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上:全文字配列のJIS鍵盤規格 JIS_C6235 文字数:2160字 1984年4月1日制定
JW-10が発表されたのは1978年9月26日です。それから6年たっても,まだ全文字配列キーボードの規格をJISが策定していた時代であったのです。


下:沖電気のワープロ一号機: JW−10の発表後,1979年5月,最初に出てきたワープロです。全文字を並べた漢字タブレットを用いています。http://museum.ipsj.or.jp/computer/word/0032.html

 −−情報処理学会コンピュータミュージアム http://museum.ipsj.or.jp/ より引用





 携帯は便利です。いつでもどこでもメールができます。電話がはばかられる車内でも,シルバーシートの近くでなければ問題ありません。第一,電話は通信料が非常に高いし,相手がすぐに出てくれないことも多いしで意外に不便です。

 もし,かな漢字変換が実用化されなかったら携帯電話でメールをするということはできないことでした。写真は沖電気の第一号ワープロです。JW-10を発表したのが1978年9月でした。沖電気は1979年5月には既にこの一号機を出して最も早くJW-10を追いかけてきました。

 仮名漢字変換はソフトですから,大きさがありません。かなを入力できるキーボードと小指の爪ほどのコンピュータさえあれば実現できます。携帯電話のような小さな機械で日本語メールができるのはこの理由によるのです。

 しかし,2000字ほどもある漢字をそのまま入力する機械では,このように漢字キーボードが巨大になってしまうのです。東芝でも,私が入社する前は,そのような発想しかできず,「アタッシェケース型のポータブル漢字入力タブレット(http://www.shonan-it.ac.jp/each_science/info/amanoken/jframe.htmlで一番下までスクロールしてください)」を試作していました。新聞記者が持ち運んで,記事を現場で入力するために作ったそうですが,さすがに採用されませんでした。




このブログの第一回
http://blogs.yahoo.co.jp/jw10ofamano/366008.html

東芝ワープロ特許訴訟プレスリリース
http://www.ne.jp/asahi/kanmu/heishi/pressrelease.html

東芝ワープロ発明物語:車上のワープロ技術史
http://www.ne.jp/asahi/kanmu/heishi/index.html

プロジェクトX物語
http://www.shonan-it.ac.jp/each_science/info/amanoken/jframe.html

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1989.8.24 毎日新聞「10歳のワープロ社会3」
当時の漢字かなまじりぶん(普通の文書)の入力風景と弓場氏の「ワープロのようなものができるとは,思っていなかったんですが」発言。この発言は,記者が書いているような謙遜などではありません。それでは,第一話で「想像もできなかった」と書かれたSF作家小松左京氏に失礼というものです。



「誰がアクロイドを殺そうと」(そんなことはどうでも良い事だ)とは,斬新な手法で書かれたアガサ・クリスティの「アクロイド殺人事件」への批判論文です。同様に,おおかたの人には「誰が仮名漢を唱えようと」と言うところでしょう。しかし,企業はそれをきちんと評価しなければばりません。「何が技術者を殺すのか http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20050804/165911/」という論文もありますが,技術者の評価を適切にしない企業が技術者を殺すのです

 和解交渉において,東芝の代理人に「単独発明は認められない」,つまり「発明を一人でおこなったとは言ってくれるな」と言われた時,何を言っているのか意味がわからずこちらの弁護士ともども頭をかしげたのですが,このことがあったのです。そして,より重大なことに,以下のことがあったのでした。
http://blog.goo.ne.jp/shonan-info/e/28b905141fd6da40e2e03b433973406c

 仮名漢字変換の概念は1960年代中ごろに現れています。仮名漢字変換を私と河田勉氏が始めることになったきっかけというものを,当時新人だった私は正確には知りません。1975年前後,河田氏から我々二人が「かな漢字変換をすることになった」と聞いたのが最初です。これを誰が言い出したのかは推測しかできません。結論から言えば,森健一氏は当時,漢字入力の必要性を感じていました。その具体的方法として,かな漢字変換という方法を提案したのは,私に送られてきた河田氏の文書に書かれた主張によれば河田氏だということです。この河田氏の主張には信ずべきそれなりの裏づけがあります。森氏自身が自分が言い出したのだというような主張をしていないということも強力な裏づけのひとつです。

 森氏は,「毎日新聞からの依頼で,その記者のために漢字入力機器を試作した」という意味のことを言っていますが,仮名漢字変換の採用を発案したとは一言も言ってはいません。そもそも,私が「毎日新聞」云々の話を知ったのはJW-10を発売した後のことで,それも森氏に聞いたわけではありません。1989年8月22日の毎日新聞に掲載された「10歳のワープロ社会」連載で読んだのが最初でした(「匠の時代」に匿名で出てきてはいます)。つまり,発売後10年も後のことでいかにも不自然です。河田氏は「あれ(毎日新聞の依頼で仮名漢字変換を始めたという話)は後で付けた話です」とその時,私に告げたのですが,正確に読めば,「毎日新聞の依頼でかな漢字変換を始めた」とはどこにも書いてありません。世間がかってにそのように想像したにすぎません。あるいは想像するように書かれていると言ったほうが適切かもしれません。この連載のいたるところに出てくる言葉は「漢字かなまじりぶん入力機」です。つまり,上の写真の漢字テレタイプをもっと便利にした程度の機械ということでしかありません。

 それを更に裏付ける次の発言があります。

 毎日新聞1989年8月24日号「10歳のワープロ社会 3」の中で(最後の部分),で弓場氏は次のように語っています。
  「ワープロのようなものができるとは,思っていなかったんです

 また,森氏は,1998年12月9日,立教大学産業関係研究所主催の“日本語環境の未来---ワープロ誕生20年と今後”と題したシンポジウムにおいて「森氏らのグループは当初、漢字かな混じり文に変換する技術を研究し始めた。同氏によれば、「必ずしも現在の“ワープロ”を目指して開発を進めたわけではなかった」と語った」と報道されています。

 弓場氏も森氏も私のワープロ構想などには思いも至らなかったので,そのように思ったのは当然のことでしょう。

 今でこそ,空気のように自然な機械であるワープロですが,30年前までは誰も想像さえできない機械だったのです。岩波新書に「零の発見」という本があります。私たちが何の疑問も抱かずに使っている「0」はインド人によって発見されるまでこの世界には知られていませんでした。

インドにおける零の発見は,人類文化史上に巨大な一歩をしるしたものといえる.その事実および背景から説き起こし,エジプト,ギリシャ,ローマなどにおける数を書き表わすためのさまざまな工夫,ソロバンや計算尺の意義にもふれながら,数学と計算法の発達の跡をきわめて平明に語った,数の世界への楽しい道案内書.

-- http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/40/0/4000130.html

  「1020 x 809」 は小学生でも簡単に計算できますが,「0」を持たない漢数字で 「一千二拾 x 八百九」をどのようにしたら計算できるか考えてみれば分かるでしょう。何事にも,当たり前のことが当たり前でなかった時代があるのです。

 森氏が1960年代から70年代にかけて漢字入力の方法を模索していたことは,毎日新聞の上記記事中にある漢字の全文字配列タブレット(毎日新聞の記事が出るまで下にスクロールしてください)を試作したことや,あるいは,東芝総研に残されている漢字を1字づつ入力するソフトを彼の配下に開発させていた報告書でも明らかです。この一字単位での入力法の開発は,私が東芝総研に入所する1973年の1年前,1972年に報告書が出て終了,チームも解散していました。当時,通産省の電子技術総合研究所でも同じ方法が模索されていたような,ごく普通に考え付くポピュラーな方法でした。

 これは,理系の普通の(情報工学専攻でさえない)大卒と高卒*の人たちによるチームが行った開発ですので,このような方法しか考えられなかったのです。しかし,この方法はたった一字を入力するにも大変な手間がかかるため実用には程遠く,全文字配列タブレットの方がはるかに実用的ですから,森氏はこのような発想での漢字入力には限界を感じたのでしょう。それで河田氏を京都大学に研究生として派遣することを考えたのだと思います。


*:後に大いに私を助けてくれることになったこのチームの一人の武田氏が,この時の経験で,JW-10に一字入力の補助機能をつけることになります。たとえば,「入力機」は,MS-IMEで変換できませんから,実験してください。このように辞書に言葉がない時,JW-10では「入力」と変換し,「機」を一字入力機能で入力できました。もっとも,私はわずらわしい一字入力機能を使わず,「機器」と入れてから「器」を削除していましたけれど。今も,そうしている人が多いのではないでしょうか。


 京都大学は人工知能研究のメッカで,最新の言語理論を用いて日本語を「字」ではなく,「文章」として扱うという研究を進めていました。当時の日本の大学にはようやく情報工学科が設置されたばかりで,その急先鋒である京都大学さえまだ卒業生が出ていない時期であることに注意してください。京都大学は電気工学教室が情報工学の講座をもっていました。坂井研究室です。この講座の助教授であった長尾先生の下に,河田氏が研究生*として派遣されたのです。


*: 河田氏を「京大大学院に国内留学させた」という表現が記事で散見されますが,河田氏自身はまじめな方でそのような虚偽は口にしていません。政治家の学歴詐称が問題になった事件がありますが,それと同じことになるからです。「大学院」というのは制度であり,また組織であります。難関の入学試験があり,工学修士または工学博士の学位記が修了者に発行されます。彼はそのような組織には属していません。河田氏は社内報告書に「研究生」であったと正確に書いています。研究生とは,教授がさまざまな事情で私的に研究室に預かった人のことです。坂井研には大学院浪人,企業からの派遣者などが研究生として居ました。


 坂井研究室の人工知能の研究は,通常の理系の学科しか出ていない技術者にとって見れば,江戸時代の日本人が欧米の近代文明に触れたように衝撃的なものでした。小さな木造の帆船しかもっていなかった江戸時代の人々が,ペリーの蒸気エンジンで動く鋼鉄製の巨大な軍艦を見て「太平の ねむりをさます 上喜撰*(蒸気船) たった四はいで 夜も寝られず」と歌ったような状況であったでしょう。人工知能技術による言葉の処理は,技術者でさえ想像できないような余りにもきらびやかな技術だったのです。「数学の計算をする機械で,言葉を計算する」という発想は人工知能技術を知らない技術者には想像もできなかったのです。

* 上喜撰 上等なお茶。これを沢山のむとカフェインのために眠れなくなります。かけことばになっています。ペリーは4隻の艦隊で東京湾に侵入してきました。

 河田氏が文節解析の初歩技術である形態素解析技術を京大で勉強したという誤りがワープロの歴史を書いた書き物で散見されますが,これは想像で書かれたか,ためにされた虚言です。京大ではそのレベルの研究は10年近く前に終了しており,長尾先生は70年代にははるかに難しい「意味解析」を研究していました。私の同期の友人の辻井潤一氏(現東大教授)が長尾先生に師事し,格文法のモチーフに基づいて統語解析と意味解析を統合した日本語理解のための解析法を研究していたので,河田氏はその一端をテーマとしてもらって日本語の統語・意味解析を研究していたのです。使っていた計算機はFACOM230-60という大型計算機センターの超大型機をテレタイプからタイムシェアリングで用いるという形態です。いうまでもなくこの時期のFACOMには漢字を使う設備はありません。

 とにもかくにも京大の人工知能研究のフレーバを嗅いだ河田氏が自然言語処理に関するいくつかの用語を知り,東芝に持ち帰ったであろうことは容易に想像できます。その一つに「かな漢字変換」という言葉と概念があって,東芝に帰り,何を研究するのかと上司に聞かれて「かな漢字変換」を一つの候補に挙げたというところが真相ではないかと思われます。

東芝ワープロ特許訴訟プレスリリース
http://www.ne.jp/asahi/kanmu/heishi/pressrelease.html

東芝ワープロ発明物語:車上のワープロ技術史
http://www.ne.jp/asahi/kanmu/heishi/index.html

プロジェクトX物語
http://www.shonan-it.ac.jp/each_science/info/amanoken/jframe.html

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写真はロシアマスメディアによる日露戦争の戯画。日本など物の数ではないというところです。

個人と巨大企業の間の訴訟もこのようなものなのでしょう。



和解交渉

 これに関しては,別に秘密保持覚書を取り交わしてもいませんし,訴状にも書いてあるのでここに書いても問題ないと思います。

 9月に提訴をしようとしたところ,ぜひとも和解の話し合いをしたいと東芝から言われ,その席につきました。東芝の主張はただ1点でした。「発明を一人でおこなったとは言ってくれるな」です。もう少し正確な口調では,「単独発明は認められない」というものでした。別に東芝に認めてもらわなくても,事実は事実として厳然として動きませんし,証拠はたっぷりあります。ですから,「東芝に認めていただく必要はない。社会に認めてもらう。」と主張しました。名誉とはそもそもそういうものです。

 しかし,これでは平行線で和解に至らないので「私の主張は変わらないが,主張を括弧に入れておくことはかまわない」と譲歩したのです。そして,あらかじめ作ってあった上記,単独発明を証拠立てる書類一式を渡したところ,和解金の金額交渉に至ることなく,後日,決裂を言い渡されたのです。11月の下旬のことでした。この交渉は一体なんだったのか今でも不可解です。



相手方弁護士

和解交渉の相手方弁護士は竹田さんというかたで,元東京高裁の(知財権担当?)総括判事だそうです。

 フラッシュメモリーの舛岡さんは最後は和解し「満足しています」という声明を出しておられます。が,恨みを呑んで辞めていかれた*彼のその物言いの後ろに無念の思いを透かし見たのは私だけでしょうか。彼はご自分の貢献を40億円と算定していました。それが約70分の1の6000万円でした(遅延のための利子を含め8700万円)。満足のはずがないと思うのです。

 この結果をもたらしたのが竹田弁護士かどうかは調べていませんが,どちらにしろ,私の目的は名誉回復と技術者の地位の向上を社会に訴えることですから,権威がどれほどの役にたつか。私は, 西郷南洲翁(隆盛)が言われる「命もいらず,名もいらず,官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり**」に近く,命はともかく,「名」を欲しているだけなのですから。始末に困った挙句の和解決裂だったのでしょうか。

  ** 「此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」と続きます。


* 舛岡教授のインタビューが朝日新聞(3日付経済面)に掲載されており、提訴の背景が語られている。一番の思いは研究者に正当な評価をし遇して欲しいだった。「私自身、東芝で研究所長になったが、その後は研究費も部下もいない閑職に行かされそうになった。だから、給料は減っても研究が続けられる大学に移った」。

      −−http://dandoweb.com/backno/20040311.htm より


(続く)


東芝ワープロ特許訴訟プレスリリース
http://www.ne.jp/asahi/kanmu/heishi/pressrelease.html

東芝ワープロ発明物語:車上の技術史
http://www.ne.jp/asahi/kanmu/heishi/index.html

プロジェクトX物語
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個人が巨大企業と戦う状況は,日露戦争の日本のような位置づけに似ています。写真は,フランスのプチパリジャン紙が日露戦争の日本とロシアを風刺した漫画です。


 ようやく映像化されることが決まった司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」を読んでいると,「男には負けるとわかっていても戦わねばならない時がある」という言葉を思い出します。しかし,負けるわけにはいかないのです。負ければ日本はロシアの植民地と化すことでしょう。それは私も同じことなのです。奪われた名誉は,それを回復しなければ男ではありません。

「坂の上の雲」には次の一節があります。

 日本と日本人は,国際世論のなかではつねに無視されるか,気味悪がられるか,あるいははっきりと嫌悪されるかのどちらかであった。
 たとえばのちに日本が講和において賠償を欲するという意向をあきらかにしたとき,アメリカのある新聞は,

「日本人は人類の血を商売道具にする」 

 という深刻な罵倒をおこなった。日本はこの戦争を通じ,前代未聞なほどに戦時国際法の忠実な遵法者として終始し,戦場として借りている中国側への配慮を十分にし,中国人の土地財宝をおかすことなく,さらにはロシアの捕虜に対しては国家をあげて優遇した。その理由の最大のものは幕末,井伊直弼がむすんだ安政条約という不平等条約を改正してもらいたいというところにあり,ついで精神的な理由として考えられることは,江戸文明以来の倫理性がなお明治期の日本国家で残っていたせいであったろうとおもわれる。
 要するに日本はよき国際習慣を守ろうとし,その姿勢の延長として賠償のことを考えた。
                  中略

 ところが日本はロシアに対して戦勝してその賠償金をとろうとしたとき,

「日本は人類の血を商売道具にし,土地と金を得る目的のために世界の人道を破壊しようとしている」 

 と米紙は極論して攻撃したのである。米紙のいう「人類の血」とは,白人であるロシア人の血のことをさすのであろう。中国などに加えたアジア人の血に対しては欧米の感覚ではどうやら「人類の血」としてはみとめがたいもののようであった。

     -- 司馬遼太郎 「坂の上の雲 7」pp.207-208

なぜ,このような罵倒を米紙が行ったのでしょうか?ルーズベルト大統領は米国の国益を考慮して,日本に好意的であったにもかかわらずです。この裏には次のような事実があったのです。


(駐米ロシア大使)カシニーの世論形成法は,いかにもロシア風であった。米国における新聞という新聞を片っぱしから買収してかかったのである。
 たとえば,ロシアに買収されたワールド紙などは露骨な反日論を掲載した。日本人のことを,「Yellow little monkey」
とよび,日本人がいかに卑劣で,とるにたりない国力しかもっていないかということを書き,日本人はわれわれキリスト教徒の敵である,といったふうの,かつての十字軍時代の布告文をおもわせるような論説まで書いた。

  -- 「坂の上の雲 7」 p.203

特許訴訟費用について;
 特許訴訟というものは,個人にとっては莫大とも言える費用がかかります。弁護料には「定価(目安)」があります。数億円の訴訟の場合,着手料金は,約3%+約60万円+消費税です。これに毎回の実費と成功報酬。
加えて,裁判の印紙代(裁判費用)がかかり,これは1億円につき,約30万円です。

 3億円請求では,最初の費用だけで1000万円を越します。
フラッシュメモリーの舛岡氏の10億円の場合,3000万円〜4000万円でしょう。舛岡氏の場合,彼の試算では彼の貢献は40億円であり,10億円を遥かに超しますが,初期費用が払えないので一部請求の10億円にしたと書かれています。私の場合,問題は名誉であって金額ではないので,正当な主張もできない守秘義務が有効なあいだ,退職から今年までの3年間の時効分はあえて捨て,また,まだ時効になっていない分も一部請求せず,2年間分の2億6千万程度に抑えてあるのです。和解交渉を決裂させた巨大企業を相手に,一個人がマスコミと社会に対して名誉回復を訴えるにはこのような提訴以外手段がありません。

 なお,弁護士の成功報酬は米国と異なり,つつましく,これも定価で3%程度です。

 着手にこれだけの費用がかかるということは,誰にでも気軽に裁判を起こすことはできないということです。実際に単なる机上の空論で騒がれているほど,このような裁判は起きていません。どれだけの事例が挙げられるか数えてみれば分かります。

 さらに,特許法35条で認めている請求は,通常の利益に対して何%というものではありません。それでは企業に大変な負担がかかる場合もあるでしょう。サラリーマンで言ってみれば月給の何%ではなく,たまたま買って1000万円が当たった宝くじの,その何%というということなのです。そのような大発明が連発して出るような企業は超優良企業で,35条による支払いの為に経営が苦しいというようなことは起きるべくもありません。

 私の場合,これは名誉と技術者の地位向上をかけた戦いなので,この費用支払いに耐えられているのです。名誉はお金には換えられません。日本の武士も西欧の騎士も,名誉のためには命をもかけてきました。とは言いましても,友人からは「老父母を養うお金だけは残しておきなさい」と助言されています。読者もこれは諒としてくださるでしょう。

  すべての困難は諸君が勇気を欠くところから来るのである
                              --アラン

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「できる道理がない」宣言。
東大の情報工学の権威,渡辺茂教授の御著書 1976年



私は、2007年12月7日、東芝を提訴しました。日本語ワードプロセッサの生みの親として,技術者の名誉をかけて,技術発明の名誉はその発明者にあることを世に訴えたかったからです。その提訴の経緯について,ここで詳しく書いていきたいと思います。

私の行った発明は,「できる道理がない」と言われた仮名漢字変換を実用化するために必須の技術でした。それが発明された歴史については「http://www.ne.jp/asahi/kanmu/heishi/index.html」で詳しく述べてあります。

東芝では,2000年前後だったか,「自立自援制度」ということを始めました。内容は「早期退職制度」なのです。しかし,当時,あちこちの企業が早期退職希望者を募るたびに,マスコミで騒がれていました。「xx社も早期退職を開始」などの記事が紙面をにぎわしていたことを覚えておられる人は多いでしょう。東芝はこのマイナスのイメージを嫌って,「自立自援制度」とネーミングを変えたのです。これで,記者の目を逃れることができました。自立とは,字のごとく,会社を辞めて自分でベンチャー企業でもおこして自立しなさいということです。自援なんてことばはありませんね。自分で自分を援助しなさいということです。自立と内容的には同じです。これに応募すれば退職金の割り増しをもらえます。

社内にいても先がないと見越した技術者は,この制度を利用して次々と退職していきました。私の友人,知人も相当数が退職していったのです。彼らは50歳前後でした。ところが,研究所の社員は大学の教員で出る人がほとんどで,この場合,大学に行くのは「自立自援」ではないという屁理屈をつけられて,彼らは退職金の割り増しを行ってもらえませんでした。私のかつての部下も数年前から早く大学に出て行くようにと言われていました。ちょうどこの制度の時期と,行っても良い大学が見つかった時期が重なったので,自立自援制度で退職しようとしたところ,上の理由を言われて退職金割り増しなしで出て行ったのです。

彼は自分から進んで大学に出ようとしたわけではありません。できれば定年まで会社に居たかったのだと思います。なかなかポストのない首都圏を離れて地方に行くことになり,単身赴任などで現在の生活形態を大幅に変えることになるからです。辞めよと勧告されて辞めたにもかかわらず,自立自援ではないと言われたのです。なるほど,自立自援制度とはそのような使い方があるのかと東芝の本社スタッフの知恵の深さに私は感心しました。マスコミの目をくらますだけでなく,退職金割り増しを削減することもできる制度だったのです。「早期退職制度」ならこんな屁理屈は付けられないでしょう。

研究所の中には親が自衛業の人がいて,彼の場合,親の後を継ぐという名目で割り増し金をもらい,実は大学に就職しました。この人は,キャリアロンダリングだなどと陰口を叩かれていました。しかし,この話を事業部の知人にした所,事業部ではそんなことはないといわれました。うちの部で大学に出た人もいたが,ちゃんと割増金をもらっていたというのです。つまりは,割増金を出すか出さないかは部署の担当役員の腹づもりで決まるようなのです。割増金を少なくした役員は成績が良くなり,昇進できるということなのでしょうか?現実をみると確かに,そうなっています。

技術立国を支える技術者がこのような使い捨ての状態にあっては,誰も技術者になりたいとは思わないのは理の当然です。文系でも使い捨ては同じかもしれません。同じであるなら,まだしも文系の大学で楽をしようと考える若者を責めることが誰にできましょう。1980年代後半のバブルの時代,工学部から銀行に就職する学生がかなりの数いました。人間はなぜ努力するのか?大半は,良い生活をしたいと思うからで,良い生活を保障するものは高い収入です。これは大方の真実でしょう。工学部を出ながら,製造業より収入が圧倒的に良い銀行へという風潮を誰が非難できるでしょう。日本がローマ帝国のごとく滅びることがないように,技術立国を支える技術者の努力に報いる処遇をする必要が,企業にはあると私は考えています。

私は上のような環境の中,2004年に56歳で定年扱いで退職しました。私が,「発明者の名誉をかけた訴訟である。技術立国を支える技術者の待遇改善を訴えたい」と言っているのは,この退職と関係があるのです。私は,1970年代当時不可能と言われた仮名漢字変換を実用に導き,日本語ワープロを製品化しました。ところが・・・その栄誉は人事的には私には付けられていないことが退職時に明確に判明したのでした。そのため,非常に劣悪な条件で退職を余儀なくされました。このような事件がなければ,精神的にも,肉体的にも,経済的にも大変な負担を伴う訴訟など行うこともなく平和な人生を送ったことでしょう。これが,「発明者の名誉をかける」の意味なのです。

そして,この訴訟を通して,すべて,技術者の発明の名誉は発明者に帰属するものであることを訴えているのです。私の事件は飛行機を発明したライト兄弟が名誉を奪われた事件と非常に良く似た経緯をたどっています(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E5%85%84%E5%BC%9F)。「不可能といわれていたこと」,「それを不断の努力によって成し遂げたこと」,「その名誉を権力によって奪われたこと」などです。このような不名誉な事件を日本が再び起こすことのないようにと願って。(続く)



東芝ワープロ特許訴訟プレスリリース
http://www.ne.jp/asahi/kanmu/heishi/pressrelease.html

東芝ワープロ発明物語:車上の技術史
http://www.ne.jp/asahi/kanmu/heishi/index.html

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