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曲淵甲斐守景漸(まがりぶちかいのかみかげつぐ) 享保十年(一七二五)〜寛政十二年(一八〇〇) 江戸中期の幕臣。通称勝次郎。甲斐守。本国甲斐。本姓源義光武田支流。知行地(常陸・武蔵・三河)千六百五十石の旗本曲淵主計の子。十八歳で家督を継ぎ、小姓組、小十人頭、目付、御船手、大阪町奉行を経て、明和六年(一七六九)四十四歳で江戸北町奉行に就任。天明七年まで十八年間、奉行をつとめる。祖の源義光は笙の名手で、以降、代々伝わる秘曲と名器「交丸」を受け継ぐ。慣例、規則に囚われず、自由奔放な考え方で個性的な奉行として江戸を見つめ続けた。 今、四十代半ばの北町江戸奉行。 町奉行ですから、悪人を法で裁くのは当然ですが、法をくぐり抜け、法では裁けぬ凄い悪人を許すことは出来ず、 部下の与力彦四郎や同心内膳に、 「証拠はいらねえ。悪いことに間違いねえんだな」 と確認の上、夜陰に紛れてその極悪人を成敗する男です。 江守徹のようなイメージの人です。
酒が好きで、自分のステータスなどにこだわらず、言いたいことを言う。言うだけでなく、やりたいことをやってしまう、自分に正直というか。 |

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