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昨日の気仙沼つばきマラソンの回顧録に刺激を受け、返す刀でもう一つ。
岩手県湯田町の“錦秋湖マラソン”。
この大会も好きなレースの二大双璧。やはり4〜5回参加している大会だ。
毎年5月下旬の新緑美しい時期の開催。コース取りはやや単調だが大会運営が心
地よく、なによりも新緑の中自然と一体になって走れるところがいい。
さらにレース後のもてなしが手厚い。舞茸ご飯、舞茸とミズの味噌汁、酸味の効いた
大根の漬物・・・中でも味噌汁はミズの歯ごたえが絶妙!!しらばっくれて3杯はお
かわりしたものだ。
そして最後は温泉入浴。参加者は近隣の温泉施設で無料で入浴できる。
やはりレース後の温泉は最高☆☆ 是非また参加したい大会のひとつ♪
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昔話
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東日本大震災の被災地で最も自分に関わりが深い場所のひとつが気仙沼大島。
そう、あの「気仙沼つばきマラソン」の開催地。
毎年4月中旬の日曜日、ちょうど桜と椿が咲き揃う時期の開催。東北のマラソンシー
ズンの始まりを告げる大会だ。
自分は過去に4〜5回参加しているがこの大会こそ自分を育ててくれた大会と言って
も過言ではない。
気仙沼の港からはフェリーで15分。港周辺に民家が密集する以外は自然豊かで長
閑な島。
大会の運営もさることながらアップダウンに富んだコースの設定も気にいっている理
由の一つ。これにより変化に応じた走り方を学んだと言えよう。
またなんと言っても島全体が椿に覆われているという感じで、走っていて心地よい。
終わった後の爽快感には他の大会と比べ格別なものがある。
そんな島が今回の震災で壊滅的な被害に。もちろん大会自体も中止になった。
本当ならすぐにでも飛んで行って復興支援をしたいところだが、現実的にそれは叶
わない。ただ大会が復活した際には是非もう一度参加してみたい。
それが本当の復興支援の第一歩となるだろう。
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≪イメージ≫
折を見て昔話をいくつかご紹介したい。
第1回目は急行「八甲田」。
1986年2月、大学の仲間と一緒に冬の北海道へ流氷を見に行くこととなった。
金のない学生なので使用するのは『北海道ワイド周遊券』。
移動はすべてJR、いや当時は国鉄だ。
しかも往路は夜行急行「八甲田」。
もう四半世紀近くも前の話なので正確な時刻は覚えてないが、上野発午後9時過ぎの発車予定じゃなかっただろうか!?
予定では翌朝9時前に青森に着き、青函連絡船へ乗り換えだ。
そこでの待ち合わせ時間は確か45分くらい。余裕を持って乗り換え可能ということだった。
ところが、乗る予定の列車が時間になってもなかなか入線してこない。
30分、1時間、1時間半・・・原因は忘れたが結局約2時間遅れでのスタートとなった。
ちょっと待てよ。こんなに遅れちまったらとても予定の連絡船には乗れないよ。
そしたらその後の予定も大幅に狂っちゃう。確かにこの列車、途中の駅でも停車時間を余計に取っているのでそれだけでも1時間近く回復は可能だ。でもそれだけではとても2時間近い遅れなど取り戻しきれない。誰もがそう思っていた。
ところが発車直後から急行八甲田の快進撃が始まる。
真夜中の東北本線を明らかに普段の走りとは違ったスピードで疾走。
大宮、宇都宮、郡山、福島、仙台・・・
は、速い、速すぎる!! それを体感した私たちは興奮してとても寝てなどいられない。
そしてなんと盛岡駅を発車する頃には「え〜、ただ今この列車は盛岡駅を定刻に発車致しました。」のアナウンス。そう、この時点ですでに遅れを取り戻していたのだ。
さらに終着直前、「間もなく青森、青森。青森には定刻より3分早く到着致します。」の誇らしげなアナウンス。
おいおい、定刻より早くってそんなことありうるのかぁ〜!?
気合いの入った運転が2時間のビハインドを跳ね返し、返す刀で3分のお釣りまでつけてきた。
おかげで青函連絡船には悠々間に合った☆☆
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