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父の肝臓ガン宣告を受けてから、しばらくは鉛のような毎日だった。
主人に相談しても「本人に宣告するのが、一番の優しさだろ?」としか言わないが、
普段、強がってはいても、あれで結構気が小さい父が、どうなるのだろうと思い悩む日々・・
父と私は、血のつながりはない。
私は、母の連れ子なのだ。
しかも、父には家庭があり、駆け落ち同然の結婚だったらしく、
父方の親戚とも、殆ど面識がない。
だけど高校時代、2回ほど会ったことのある
医者をやっている従兄にあたるY君がいる。
彼は、父のお姉さんの息子だ。
今回の入院についても、彼と父とは電話でよく連絡をとりあっていたらしい。
25年ぶりに、思い切って私は、そのY君に電話をしてみた。
もしかして、父が薄々感じていたのではなかろうかと・・・。
Y君は、検査した大学病院の担当医とも、連絡をとりあっていたらしくて、
父の病状はすでに知っていた様子。
彼は、とても気さくに相談にのってくれて、どういう風に病状説明すればいいか、
担当医も含めて話し合った。
Y君も、時々会う父の性格はよく知ってるようで、
癌と告げると本人がポシャってしまって、治療さえも拒否してしまう可能性もあると言うことで
父へはオブラートに包んだ状態で(癌とは伏せて)
わかりやすく、今後の治療法なども説明してくれた。
いきなりの癌告知は、今の父にとって死刑宣告のようで、私もどうしてもイヤだったのだ。
まだ数値も上がっていないし、数ヶ月でどうかなるような事はないとのことらしいので、
とにかく退院させて、普段の生活をさせてあげたい。
治療をすすめるにあたって、腫瘍とだけは宣告したが、
たぶん本人が、そのうちに気づいてくるだろうとの事。
その時は、その時でまた支えてあげればいいのではないだろうか、、、。
さすがにY君は、医者だから冷静に見ている。
とりあえず、父のお姉さんには本当の事を教えるから、自分も力になるから、、と話してくれた。
一人で抱え込まないように、、、と。
Y君との再会で、随分と気持ちが楽になった。
セカンドオピニオンで、Y君の勤める隣県の大学病院も聞いてみた。
父が望むなら、いつでもいいが、自分の所見でも間違いはないとの事だった・・・。
門脈という血管に癌が入り込んでいると、、。
ただ、それを塞ぐ治療法ができて、ほんの少しの望みがでてきたと、説明してくれた。
父は、昨日退院した。
「入院で体力落ちたから、また普段通りの生活を心がけなきゃならん。」と
早速、仕事復帰している。
あれほど、仕事よりも治療に専念するようにと言われてもだ。
「あと二年で、店の借金も返してしまうから、隠居はそれからだ。」と笑ってる。
隠居したら、やりたいこと・・・・
うちの息子と、二人で日本縦断旅行。 北海道の雪まつり。
母と二人で、のんびり温泉旅行。
いろいろ語る父に、今すぐにでもやってて欲しいと、喉まで出掛かってしまう。
やはり、余後を告げることが優しさなんだろうか・・・?
余命宣告よりも、何年も生き延びた人たちもたくさんいる。
できる治療法なら、なんでもしてあげよう。
私は、“腹を据える”事を学んだはず。
無理はしない。 できる事をやる。 なるようにしかならない。
そして、その時・その時の選択が、最善の選択なんだと。
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