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↑ブログ友より
国策「棄民」▼汚染と被曝チェルノブイリの4倍以上▼悪辣手法⇒【風評被害=消費者への責任転嫁】↑より抜粋転記↓ 重要ですので ピースさんをお尋ねくださいませ
沖縄国際大学の渡名喜守太氏は、
原発事故における政府の住民軽視の対応に、
非常事態における「住民保護を諦め、住民を国策のために動員し、死を受容させる」傾向が表面化したとする。
同大学の西岡信之氏は、
「原発事故で政府から見棄てられた」福島の人たちと、
「米軍基地で切り捨てられてきている」沖縄の人たちは双方
「中央政策の差別政策で成り立っている」制度の下に見棄てられる
「棄民」とされているのか、と問う。
原発も米軍基地も、都市部への電力供給、国家の「防衛」のために
辺境の地に犠牲を強い、
本土や都市部の人たちの多くは無関心によって加担する。
半世紀以上に及ぶ日本の原発政策の背景には
「政官財労学情の金権汚染ネットワーク」、
いわゆる「原子力村」がある。
東京大学の高橋哲哉氏は、
この差別と負担強要の構造を「犠牲のシステム」と呼んだ。
沖縄と福島の第一の類似点として、
構造的差別によって日米安保の負担の大半を沖縄が負わされ、
日本のエネルギー政策としての原発を
都市部から離れた地方が担ってきたことを挙げる。
第二としては、
経済的に脆弱な地域に多額の補助金を投じて
基地や原発負担の補償とし、
経済的依存構造が定着させられていることを指摘する。
しかしそれは同時に自治体の自治自立が失われることであった。
依存構造からの脱却
結局米軍基地も原発も自治体に持続可能な繁栄をもたらすことはなかった。福島県前知事の佐藤栄佐久氏は、「原発関係交付金はアメではなかった。原発を誘致したある町は事故と関係なく財政難に苦しみ、30年たつと町長の給料も払えないほどだ。国を信じ国のために一生懸命やっているうちに何倍もの苦労が跳ね返ってきた」と振り返る。また、「今後は沖縄の苦労を自分の苦労として考えたい・・・将来の世代の目から自分らの地域を見詰めるとき、沖縄の今までの苦労を学ぶと同時にそのような視点で考えることが大切だ」と語った。このように「福島」をきっかけに「沖縄」を真剣に考えるようになった本土の人は少なくない。沖縄も福島の避難民を多く受け入れ、久米島には子どもの保養所がある。
普天間基地の移転先とされている名護市の稲嶺進市長も、基地受け入れを前提とした数々の「振興計画」に対し同種の認識を持つ。「自分たちで汗を流して得たものではない」し、振興金は事業の100%を賄うわけではないので、次々とできる「ハコモノ」は運営費も含め、結局自治体の財政を圧迫する。稲嶺氏は普天間の代替基地建設に反対しているので、基地受け入れの進捗状況に応じて与えられる「再編交付金」は来なくなった。しかし稲嶺氏は市民の支持も得て、交付金や基地に頼らない町を作ることに専心している。
原発立地自治体も、福島の事故後、44自治体のうち4自治体は原発交付金を辞退した。南相馬市の桜井勝延市長は辞退したことについて「原発とは共存できないという立場を示し、『脱原発』を我々の復興計画に書いた。我々がもらう交付金で解決できる問題などはない」と言った。原発の近くに住む住民に実質的に電力料金を割り引く制度「原子力立地給付金」制度でも、受け取りの辞退件数が事故のあった2011年には前年の2倍近く増えたという。
打ち砕かれた脱原発の民意
福島県は2011年10月、13原発立地道県で初めて県内の全10原子炉を廃炉にするよう政府に請願する決議を採択した。2013年1月初頭にまとめた福島県民の意識調査でも、75%が「県内全基廃炉」を支持している。全国でも2012年夏に行われた「国民的議論」では「原発ゼロ」への支持率がパブリックコメントで9割、意見聴取会で7割、討論型世論調査では5割近くであった。2012年中盤以降、官邸前で毎週金曜日に大規模な再稼働反対・脱原発デモが行われ、20万人とも言われる、本土においては安保闘争以来の動員を記録した。脱原発を訴えるオンライン署名には800万人が署名した。政府や主要メディアの流す原子力村寄りの情報を信用できなくなった市民たちはインターネットを駆使して独立したジャーナリストやブロガーたちの情報を追い、自ら発信者ともなった。日本の民意の昂揚は「アラブの春」、「オキュパイ運動」に呼応するように、新たな市民運動のあり方を示唆しているように見えた。
しかしそうして広まった脱原発の民意は2012年末の総選挙で打ち砕かれた。投票した有権者の78%が原発の即時廃止か段階的廃止を希望していたとの調査があるが、票は複数の政党間で割れた。選挙戦における自民党の原発問題非争点化も効を奏し、小選挙区では自民党が8割の議席を獲得する結果となった。原発事故の起こった福島でも5つの小選挙区のうち4つで自民党候補が当選し、比例復活も含めればすべての選挙区で、原発を推進してきた自民党の候補が当選した。原発を推進し「安全神話」を流布して事故を招いた責任を全く取っていない自民党は、民主党の「原発ゼロ」政策を「無責任」と呼んで見直しを決め、再稼働、新設まで容認する姿勢である。
沖縄、ふたたび「屈辱の日」
総選挙結果は沖縄も4選挙区ですべて自民党が(比例復活も含め)当選しているが、沖縄の場合、自民党議員は中央とは異なり普天間基地移設先を「県外」と要求している。しかし民主主義が裏切られる状況は沖縄では綿々と続いている。2009年、政権奪取した民主党の鳩山首相が普天間基地移設先を県外か国外に求めたとき、長年米軍基地の過重負担を強いられた沖縄の民意は呼び起された。その後、民主党政権は結局公約を果たせず、自民党時代の辺野古移設案に戻るという事態になり、沖縄の「怒」は頂点に達した。そしてその怒りは保革を超え、構造的差別に反対し普天間移設を県外に求める全県的、不可逆的な運動に発展した。しかし沖縄の基地負担は減るどころか、日米政府は2012年秋には安全性に懸念のある垂直離着陸機MV-22オスプレイを、沖縄にだけ配備した。沖縄県議会、全市町村、沖縄県選出国会議員による明確な反対が示され、10万人のオスプレイ反対県民集会が開かれた3週間後のことであった。沖縄の市民団体は、配備された10月1日を、サンフランシスコ平和条約により沖縄が切り離され米軍政下に取り残された1952年4月28日以来の「新たな『屈辱の日』」と呼び、日米政府に抗議した。
福島と沖縄、これから
このように、脱原発の民意、沖縄の民意は恣意的、構造的に政策に反映されない状態が続いているが、我々は犠牲の構造を許し続けてはいけない。沖縄には、国土の0.6%に日本の米軍専有基地の74%が押し込められている。面積あたりの米軍基地の密度は、沖縄では本土の500倍近くという想像を絶する不平等だ。日本はこのまま日米安保体制を維持するのであれば、沖縄の負担率が本土と同じになるまで米軍基地を本土に移転すべきである。そうすれば本土の人々も基地負担と基地被害の不条理を自覚し、主権を侵害する日米地位協定、日米安保体制見直しに真剣に取り組むであろう。
福島については、原発直近に住む人たちだけが「棄民」−犠牲を強いられ見棄てられる人間である、という考えをまず見直す必要がある。チェルノブイリ事故では居住禁止地域となった高汚染地区は原発から300KMの距離にまで及び、避難必要、避難権利地域はさらにその倍ぐらいの距離まで広がっている。日本にはもはや、原発から300KM以上離れて暮らせるところなど、沖縄以外にはない。福島の事故では、風向きのおかげで放射性物質の大半が海洋に落ちたことや、4号機の使用済み燃料プールに水があった、といういくつかの偶然が重なり、5000万人の避難民が出るような事態を免れることができたのである。この国に原発を置く狂気から目を覚まし、全廃への道を即刻歩むべきだ。 米国追随の国策により国中核まみれになり、沖縄を基地まみれにした日本。
今こそ、市民一人一人が「棄民」であるということを自覚し、
弱者こそ見棄てさせないという「いのち」本位の政策を、
粘り強い抵抗と主体的な関与によって実現しなければいけない。
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