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南方戦線へ赴いた〜若き叔父の骨は、帰らなかった。
二度と・・・祖国日本の土を・・・踏めなかった。
戦線に行けずとも
餓死した国内の叔父・・・若し。
栄養失調と肺結核で・・・血を吐いて死んだ叔父は、長男だった。
もしもだ、戦争が無くて生きていたとしたら
おいらの人生も また 豊かに明るく変ったであろう・・・と。(合掌)
沖縄タイムス さまより 転載です。(礼)
【転載】 南洋群島慰霊へ出発 那覇空港で50人結団式「生き残った者の務め」サイパン島やテニアン島での慰霊祭に向け、結団式に臨む参加者ら=4日、那覇空港
太平洋戦争時、日本の統治領だった南洋群島(北マリアナ諸島)で戦闘に巻き込まれた犠牲者を追悼するための「南洋群島慰霊と交流の旅」の結団式が4日、那覇空港であり、遺族や関係者ら約50人余が参加した。一行は成田空港を経由し、5泊6日の日程でサイパン島やテニアン島を回り、慰霊祭を行う。
南洋群島帰還者会による墓参は40回目の節目となった昨年、高齢化を理由に墓参を終了したが、継続を希望する遺族らの声を受け、旅行会社と「慰霊と交流の旅」として企画。団長を務める平良善一会長(79)は「南洋では沖縄戦の9カ月前に地上戦があり、多くの県人が亡くなった。慰霊の灯を絶やさないことが、生き残った者の務めだと思っている」とあいさつした。
初参加する國吉眞榮さん(80)=糸満市=は、テニアン島で亡くなった妹の洋子さん=当時3歳=を慰霊するため、妻の恒子さん(67)、妹の屋宜秀子さん(74)=那覇市、東京に住む妹の國吉春子さん(77)と連れ立ってテニアン島へ向かう。
國吉さんは「10年前からきょうだいで参加を決めていたが、日程が合わなかった。(妹の洋子には)長いこと来られなくてすまなかったと伝えたい」と話した。
墓参には姉の屋宜チヨさん=享年(85)=も参加する予定だったが、年明けに体調を崩し亡くなった。秀子さんは「心待ちにしていた直後だった。姉の分も供養したい」と力を込めた。 |
遺骨・不発弾
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琉球新報 さまより 転載です。(礼)
2010.04.25 大阪城公園入り口 森之宮口にて。
【転載】米軍不発弾 処理体制の抜本改革を
米軍の不発弾を、なぜ日本政府が処理しなければならないのか。しかも、戦後製造され在沖米軍が使用した信管付きの危険な対戦車りゅう弾だ。
発覚から5カ月間も民家に放置され続けている米国製不発弾の処理問題は、在沖米軍の無責任な本質と、尻ぬぐいに翻弄(ほんろう)される政府の対米追従姿勢を浮き彫りにしている。 事は県民、国民の命にかかわる。危ない不発弾の処理を日米で押し付け合っている場合ではない。速やかに処理し、安全、安寧の回復を図るのが筋だ。 問題の不発弾は、40年前にうるま市内の民家に持ち込まれた米国製りゅう弾。同型の不発弾は2003年にも発見され、その時は米軍が処理している。 爆弾の構造に不明な点が多く、処理に危険が伴うことから、米軍が作った爆弾は構造に詳しい「米軍が処理」というのは妥当だ。 それをなぜ今回、米軍は「とてもかたくなに」(自衛隊関係者)拒むのか。不可解で納得できない。 自ら製造使用しながら不発弾は放置し、処理を要求されてもごねて拒む。あまりに子供じみた対応ではないか。 過去、県内では弾倉箱ごと放置された米軍の銃砲弾が大量に発見されたり、米兵が民間航空機に銃砲弾をトランクに入れて持ち込むなどの事案が起きている。 いずれも悪用や爆発という事態が起きれば、犯罪や大惨事を招きかねない重大な事件だ。 核兵器の管理について主要国首脳が論議をするのも結構だが、通常兵器の管理はなおざりにしていいという話ではない。 武器や弾薬を大量に扱う軍隊が、兵器の管理を怠れば、むしろ治安を悪化させ、テロや事件を招き、国民の命を危険にさらす。 なぜ危険な対戦車りゅう弾を一住民が入手できたのか。米軍の兵器管理、演習の在り方が問われる。 県内には沖縄戦時の膨大な不発・埋没弾が残り、時に県民の命すら奪い、生活を脅かし続けている。 自衛隊は「沖縄戦時の不発弾」を処理対象に限定しているが、武器弾薬の管理もずさんで自らの不発弾さえ処理を逃げる無責任な米軍の沖縄駐留を認めているのは、ほかならぬ政府だ。 対米追従で米軍の「ごね得」を許すなら、尻ぬぐいは政府の責任だ。体制を抜本的に見直してほしい。 |
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沖縄タイムス さまより 転載です。(礼)
写真は 舞台 「翔べ! 尚巴志」 より
これが↓現実ならば、今までの政府は〜何してたのか?
危機管理は? 急がねば!と、思う私が、変なのか?
【転載】 国負担も米軍頼み 戦後製造の不発弾処理「好意的配慮」で連携左右うるま市の民家で米国製の対戦車りゅう弾が5カ月放置されていたことを受け、国、県、県警や陸上自衛隊など沖縄不発弾等対策協議会の関係機関は、これまで沖縄戦当時に使用された不発弾に限定していた処理の対象を戦後製造分にまで拡大、処理費用などを国が全額負担する検討に入った。だが、実際の処理は技術を持つ米軍に頼らざるを得ない。「負の遺産」に向き合うには米軍との連携が課題だ。(社会部・平島夏実、東京支社・銘苅一哲)
本紙報道で不発弾放置の実態が明らかになった9日、県警は米軍幹部に直接会った上で処理を正式に要請。10日には陸上自衛隊など関係機関が現場を確認し、14日には陸上自衛隊主導で処理する方針を決めるなど、事態は一気に好転した。
さらに関係機関は、戦後製造分の不発弾も迅速に処理できるよう新たな連絡制度を整備することに加え、処理前の安全対策費用や実際の処理費用などを国が負担する仕組みをつくる方針を確認し、申し合わせの合意を急いでいる。
今回ここまで踏み込んだ背景には、2009年の糸満市での不発弾爆発事故を受けた行政の危機意識の高まりがある。国はこの事故以降、民間を含め工事現場で発見された不発弾処理の全額国負担や予算増額など対応を拡充してきた。今回の問題でも内閣府沖縄担当部局は「戦後製造は対象外ではあるが、戦前戦後を問わず危険物を処理する枠組みは必要だ」と柔軟な対応に乗り出した格好だ。
新たな申し合わせは、県内で戦後も米軍による演習が続いてきたことを考えれば、実情に見合う内容だ。
ただ、実際の処理は日本側に処理実績や技術がない以上、米軍の「好意的配慮」に頼らざるを得ない。複数の関係者が、名護市のキャンプ・シュワブ爆破訓練場で不発弾処理中の米兵3人が死傷した09年の事故以来「米軍の腰が重くなったように感じる」と明かす。「軍は基本的に民に介入しない」との米軍の不文律を指摘する声もある。
在沖米軍は沖縄タイムスの取材に対し、「(処理するかどうかは)新制度について報告を受けてから熟考する」(空軍)などと回答しており、処理体制を整備すれば即、全面解決というわけではない。
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追跡!在日米軍 さまより転載です。(礼)
【転載】焼夷弾爆破処理が行われた相模補給廠内工事現場 http://www.rimpeace.or.jp/jrp/riku/sagami/100114sgm1.jpg 1月14日に、相模原市米軍基地返還促進等市民協議会の市内米軍基地視察で相模補給廠に入った際、米側から、昨年12月の焼夷弾爆破処理現場、戦闘指揮訓練センター建設現場を案内された。 (金子豊貴男・相模原市議)
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