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きのう探して出てきた本のなかに「マルテの手記」のズールカンプ版があった。 これは二冊目のはずだから、もう一冊あるはず。それと有名な仏訳版もある。 ドイツの本は気に入らないな。フランスの仮綴版の方がいい。 かなり原文では読んでいない。大山定一の訳はよく読むが。 書き出しは暗誦していた。思い出そう。ウムラウトってどうやってつけるのか分からないから省略。 So,also,hierher kommenn die Leute,um zu leben,ich wurude eher meinen,es sturube sich hier. あー、ここまでだ。続かない。忘れている。半ページは暗誦できたのに。使わないと駄目だなぁ。
頭ももっと使わないと駄目だ。全く使ってない器官がある。使いたいが相手がいないから使えない(笑)。 リルケも私が書くと下品になってしまう。 |
リルケ「マルテの手記」
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そう、そうなのか、ここへ人々がやってくるのは、生きようがためのことなのか。僕はむしろ、ここでは何もかも死んでゆく、と言いたいくらいだ。。。リルケ少し好きでした。挿絵も素敵だし。リルケは薔薇のとげで破傷風でなくなってっていうのは本当ですか?伝説ですか?
2007/1/16(火) 午後 9:16
本当だと思っています。確かめたことはありません。リルケらしいからです。挿絵入りの本を持っていらっしゃるのですか。いいですね。
2007/1/16(火) 午後 9:50 [ 遠い蒼空 ]
たしかリルケの『神さまのはなし』って本が家にあったような:探してみなきゃ。
2007/1/16(火) 午後 9:54
ありましたね。「マルテ」以外はそんなに読んでいません。全集が出ていて、何冊か読みましたが記憶にない。詩も「ドゥイーノの悲歌」などはドイツ語で読みはしたのですが、これも記憶外。
2007/1/16(火) 午後 10:31 [ 遠い蒼空 ]
本当に孤独で憂鬱な本で、リルケはこの本のことをずっと引きずってしまったことを後悔した、と書いていますが、読者も引きずられてしまう、そういう不思議な魅力があるのでしょう・・・本の中で一角獣のタペストリーに触れていますね。
2007/1/16(火) 午後 10:50
トラックバック、ありがとございました。引きずられてきました。これが高校時代からの愛読書ですから、半世紀近くも。一角獣のタペストリーの部分は印象的で、不思議な魅力があります。
2007/1/16(火) 午後 11:06 [ 遠い蒼空 ]
アベローネに大変入れ込んだ時期がありました。悲歌もオルフォイスも読みました。「若き詩人への手紙」だけ原書を持っています。
2007/1/16(火) 午後 11:49
アベローネの部分は感動的です。ラスト近いところは胸がジーンとなります。
2007/1/17(水) 午前 7:21 [ 遠い蒼空 ]
ドゥイノ悲歌は難解ですが、近代詩の最高峰だと思います。岩波文庫に手塚富雄訳でありますが、本文(83頁)よりその註解と解説(112頁)が長く、名訳とともに手塚富雄氏の力作と思います。註解の冒頭をご紹介します。
1.ああいかにわたしが叫んだとて…… 天使はわたしとは隔絶したものである。ドゥイノ全悲歌の悲歌としての核心は、自己と天使との隔絶を嘆くこの1句につきているといっていい。
尚悲歌は1912年イタリーのドゥイノの館に始まり、1922年スイスの中世期の建物ミュゾットの館に一人閉じこもり仕上げることになりますが、この時また
オルフォイスも生まれたようです。
名前は思いだしませんが、このミュゾットに尋ねた
詩人が、リルケの孤独を心配した名文があったと思います。リルケへの手紙だったかもしれません。
2008/6/23(月) 午後 3:18 [ A wanderer ]
ご紹介、ありがとうございます。
手塚富雄訳の岩波文庫はどこかにあるはず。探すのが一苦労ですが。
2008/6/23(月) 午後 8:46 [ 遠い蒼空 ]
A wandererさんの言われている詩人は、定かではありませんし、どこで見たかも思い出せませんが、ヴァレリーだった記憶があります。
わたしもドゥイノ悲歌は20世紀の最高峰と思います。
2008/6/24(火) 午前 7:18
ヴァレリーでしたか。すっかり忘れています。
2008/6/24(火) 午後 2:58 [ 遠い蒼空 ]
リルケの詩集を読み始めました。マルテの手記も収録されてるけど、そこまでたどり着けるかどうか。むずかしくて、半分くらいしかわからないけど、格調高くて、祈りのような崇高さがあって、酔えます。
2011/3/28(月) 午後 7:38 [ onkun ]