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ここに「男性自身」最終巻「江分利満氏の優雅なサヨナラ」の文庫版がある。
吉行死去に際し「男性自身」に山口瞳は七回にわたり追悼の文「涙のごはむ」を書いた。
その冒頭を引用する。
「第一報があったのは、七月二十六日火曜日午後九時十五分、文藝春秋編集長中井勝さんからだった。私は阪神・巨人戦ナイトゲームの中継を見ていた。「よく野球なんか見ていられるわねぇ」と言って妻はテーブルに顔を伏せて泣いた。「あんなに可愛がっていただいたのに」。一方の私は「俺の歔欷は長く続くぞ、こりゃタマラン」とぼんやりと考えていた。「世田谷区上野毛の毛虫の旦那がこの世にいないなんて、とうてい信ずることが出来ない」。」
山口瞳は二十八日、吉行出棺の日にに前立腺肥大の手術を控えていた。
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「毛虫の旦那」・・とはあの素敵な吉行先生のことですよね。そんなに親しい間柄だったのですね。上野毛にすんでいらっしゃったことも知りませんでした。
2008/1/11(金) 午後 7:29 [ - ]
吉行は滅多に色紙を書きませんでしたが、書くときはよく「樹に千匹の毛蟲」と書いたそうです。
晩年のの二人の対談集「老イテマスマス耄碌」は面白いです。
2008/1/11(金) 午後 8:05 [ 遠い蒼空 ]
「老イテマスマス耄碌」私も読みました。その中で吉行氏が自分の手帳に書いたメモがいつ、何のために書いたのか全然思い出せずに困った、というエピソードを語っていたのを、時々思い出します。
いま、私もそこを通過している最中です。そのうちメモも取らなくなるでしょう。そうなったら、おしまいです。
2008/1/12(土) 午前 11:22 [ afuro_tomato ]
「木に千匹の毛虫」も興味深く読みました。吉行氏がひどい鬱病にかかっているときのエッセイだったと思います。その頃、関西の作家、藤本儀一が、恐らくこのエッセイを読んだり、吉行氏の鬱についての対談を読んだ結果の感想だったと思いますが「鬱病などは甘ったれからくる病気である。戦時中のような死ぬか生きるかの瀬戸際には誰も鬱病などには罹らない」という文章を雑誌(だったかな?)の発表していました。それを読んだとき、この藤本氏の文章は吉行氏に見せたくないものだ、と思ったことでした。
2008/1/12(土) 午前 11:35 [ afuro_tomato ]
吉行は殆どメモもなしで小説が書ける人でした。
メモというのは何のために書いたか、よく忘れるものではないでしょうか。
2008/1/12(土) 午後 0:20 [ 遠い蒼空 ]
吉行のような立場におかれたら鬱にならないほうが不思議ですね。
生死にかかわる時、鬱にならないか、それはやや疑問です。鬱病を分かるのは同病者だけでしょう。
2008/1/12(土) 午後 0:25 [ 遠い蒼空 ]