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福島泰樹の中也論を読みかけている。
中也論は一時、よく読んだが、久しぶり。
中也の弟恰三が死んだ時の中也のことが書かれている。その一部。
弟の訃報(電報)を受け取った、その夜。大雨で客の居ないカフェーの女給たちは暇で、女給たちに囲まれながら私と友人と、まるで外の風雨の音を打ち消すような大声で、流行歌を歌って大騒ぎをしていた。駅で友人と別れた私は、びしょ濡れになって下宿へ辿り着き、訃報(電報)を受け取る。
「時計をみた。十一時二十分であつた。もう汽車はない。明日朝一番で立たう。」が、同時に、急いだって何になろう、弟はこの世にもう居ないではないかという考えにとらわれる。あたりを見回し、弟が死んだというのに(硝子障子も柱も壁も)何も変わっていないことを、今更ながらに確認する。階段を上り、二階の自室に至ってようやく悲しみに襲われるのだ。「頭から毛布をヒツかぶつた。息がつまりさうであつた。が、それがなんであらう、私がビールを飲んでゐる時、弟は最期の苦しみを戦つてゐた!」
―その夜、私は目を覚ます。
障子は破れ、風は吹き、
まるでこれでは戸外(そと)に寝てるも同様だ。
それでも俺はかまはない。
それでも俺はかまはない。
どうなつたつてかまはない。
なんで文句を云ふものか……
愛する者の死は、自身の死に他ならない。であるからこそ、「この世」と「あの世」との交感は可能なのである。
生きのこるものはづうづうしく、
死にゆくものはその清純さを漂はせ、
……
その空をみながら、また街の中をみながら、
歩いてゆく私はもはやこの世のことを考へず、
さりとて死んでいつたもののことも考へてはゐないのです。
みたばかりの死に茫然として、
卑怯にも似た感情を抱いて私は歩いてゐたと告白せねばなりません。
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あまりにも、悲しい独白ですね。同時に悲しみを慰める「詩の力」といものも、垣間見えるようです。
2008/3/2(日) 午後 3:50 [ 吉田ツグオミa.k.a.伊丹甚左 ]
中也の詩の「卑怯にも似た感情」というのは私には馴染みの気持ちですね。
2008/3/2(日) 午後 7:03 [ 遠い蒼空 ]
この詩の最後のくだり「秋岸清涼居士という」のではなかったでしょうかね。。。中也の詩は覚えようとしなくても記憶してしまっています。
「卑怯にも似た感情」わたしにもわかります。
2008/8/8(金) 午後 7:19 [ vio*et*mari**maddal*n* ]
私のブログ、積極的なもの皆無です。
中也の詩集、今、手元にありません。紛れこんでいます。
卑怯にも似た感情、よく分かる表現ですね。
2008/8/8(金) 午後 7:20 [ jyhs0114 ]