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深沢七郎の回答。
おとうさんが亡くなられたことを気にしているようですがそんなことは不必要なことです。なぜなら父と子は生きているうちだけの関係ですから一方が死んでしまえば現在、父娘の関係はないのです。生前、おとうさんが苦労したようですがそんなことは当たりまえですよ、誰でも生きているうちは面倒臭いことがあるのですから、とくに、あなたのおとうさんの苦労したことは貴女に対して苦労したようですが自分の子供のために苦労するなんてことは親として当た前のことです。…ツマラナイことを考えないことです。まだ貴女は小説や詩を書いているのですが、「コンプレックスがあるのです」というのはどうしたことでしょう。好きで書いているものにコンプレックスを抱くということは自分を偽っていることです。…これも余計な、ツマラナイことに神経を使っていることになります。また、恋人も、ボーイフレンドも、女の子の友達もないので大変寂しいことだと思っているのはどうしたことでしょう。そんなものがあるのはウルサイのです。ないからウルサクないので幸福なのです。
…寂しいなどと思うのは食事をするときおかずがマズイと思うのと同じです。腹が減ればオカズなどなんでもいいのです。つまり、ほんとに貴女は恋人、友達に対して飢えていないのです。もし、寂しいなどと思ったら恋人や友人などなんでも、誰でもいいのです。どれでも同じようなものですから。
(見事なほどのすれ違いである。Mさんの真意は実際に私のようにその雰囲気を見ていないから、深沢七郎に分からないのかもしれない。あるいは肝心のところが削られているのかもしれない。私が以前に書いた「ある文学少女」の父娘関係のことは全く分からないようになっている。)
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すれちがいというか、悩みを抱えた人への一種の洗脳の様式のようで、気持ち悪いです。
2008/8/22(金) 午前 9:21
Mさんが相談相手を間違えたということでしょう。
深沢七郎も何か冴えませんね。
2008/8/22(金) 午前 11:40 [ jyhs0114 ]
これ前の記事も覚えてますけど、率直に相談相手を間違えているように思います。
生きるに必要な相談は、生活の達人のような人にしはった方がよかった思います。漬け物一筋のオッサンとか・・・。
2008/8/24(日) 午前 10:08
17歳の少女には深沢七郎が物分かりのいいおじさんに見えたのでしょうね。
2008/8/24(日) 午前 10:23 [ jyhs0114 ]