遠い蒼空

末期ガン患者入院記録

小説ゼミ「楢山節考」感想欄

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「楢山節考」 ケータイ投稿記事

これは深沢七郎が中央公論新人賞を受賞した作品です。
近代的小説の形式をとっていないこと、その内容の衝撃で、三島由紀夫を戦慄せしめ、正宗白鳥をして「人生永遠の書」?(うろ覚えです)と言わしめた名作です。
救いのない悲惨な話ですが、鮮烈な感動をも与えてくれます。
また、テーマは甚だ現代的だとも言えます。読んだ方は多いと思います。感想をお聞かせ下さい。

閉じる コメント(19)

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これは棄老伝説をもとにした小説ですが、昔、それが実際にあったかどうかは分かりません。そういう設定として読むのがいいと思います。

2008/11/19(水) 午後 5:13 [ 遠い蒼空 ]

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正宗白鳥、好き。批評を読んだことがあるだけですけど。めちゃめちゃ歯切れが良くて。
その上、遠い蒼空さんが名作と言うのだから、それはもう、すごいんでしょうね。
長い? とっつきやすい? 図書館に、あるかなあ。読んだ方が、いいかしら。

2008/11/19(水) 午後 8:15 [ おんくん ]

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短い小説です。図書館には必ずあります。
読まれるといいと思います。

2008/11/19(水) 午後 8:56 [ 遠い蒼空 ]

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おおお。読みます。

2008/11/19(水) 午後 9:04 [ おんくん ]

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9:05さん、いつでもいいですよ。

2008/11/19(水) 午後 9:11 [ 遠い蒼空 ]

映画では観たのですが…。先日亡くなった緒形拳が出演していました。

2008/11/19(水) 午後 10:29 mayu

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あの映画版「楢山節考」は私はあまり好みません。原作に他の作品も加えて、やや原作から離れているからです。
昔の木下恵介監督のモノクロの映画化の方が好きです。

2008/11/19(水) 午後 10:48 [ 遠い蒼空 ]

私も、上の方と同じです。
原作本、読んでみたいですが、今は本を読めるほどの精神状態ではないので・・・。
時間の猶予をお願いします。

2008/11/20(木) 午前 6:52 ゆき乃

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どうもです。
生きるが、生まれると死ぬの間であるなら、それは昔も今も変わらん思います。『楢山節考』の「姥捨て」の「生きる」は、生まれると死ぬに繋がった生きるやと思います。
私が消えても誰かは継続するは、個は消滅しても全体は継続するということであり、ずいぶんと前に私らが捨ててしまった事柄のような気がします。

2008/11/20(木) 午前 9:30 低人

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四十五ねんのあいだわがまま おゆてすミませんでした
みんなにだいじにしてもらて きのどくになりました
じぶんのあしがすこしも いごかないので
よくよく やに なりました
ゆるして下い
おはかのあおきが やだ
大きくなれば はたけの コサになり
あたまにかぶサて
うるさくてヤたから きてくれ
一人できて 一人でかいる しでのたび
ハナのじよどに まいる うれしさ
ミナサン あとわ よロしくたのみます
二月二日 二ジ

松永伍一の『荘厳なる詩祭』にある無名の農婦の遺書です。
戦後の話ですが、腰の骨を折って働けなくなったのが原因で死ぬことを選んだのです。文盲でしたので遺書を書く為に字を学んだとあります。遺言は一つだけ、墓の近くの木が大きくなると作物の妨げになるから切ってくれとだけ。
こうした世界が『楢山節考』と繋がっている気もします。

2008/11/20(木) 午前 9:38 低人

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ゆき乃さん、無理をして読むことはありません。からだが第一です。

2008/11/20(木) 午後 1:13 [ 遠い蒼空 ]

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低人さん、その農婦はまさに「楢山節考」のおりんですね。
家族という絆が個人の生よりも強いのはほんの少し以前まで我々が共有していたものなのですね。

2008/11/20(木) 午後 1:31 [ 遠い蒼空 ]

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今、老いた親と同居せずに老人ホームへ入れるのは現代的「姥捨て」だと思いますが、「楢山節考」の世界の方がましのような気がします。

2008/11/20(木) 午後 1:36 [ 遠い蒼空 ]

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この作品は一応ハッピーエンドと言えるのでしょうか。おりんの望みどうり雪も降ったし。

2008/11/21(金) 午後 8:09 [ 遠い蒼空 ]

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ハッピーエンドという言葉は違うかなぁ思いますけど、悲劇ではない思います。
向こうとあっちの間の世界は続いていくわけですので。
たしか孔子は、一番の罪人は子孫を作らない者としてた思います。そういう世界での話や思いますので。

なんぼ寒いとって 綿入れを 山へ行くにゃ 着せられぬ
『楢山節考』の最後にでてくる一節です。

佐野洋子の『役にたたない日々』で、佐野洋子が母を施設に入れたことを、私は金で親を売ったと書いております。こういう自問をする人が少なくなった気がします。そっちの方がさびしいです。

2008/11/22(土) 午後 5:42 低人

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近代的感覚で読まれる方はこの最後を悲劇的なものとみなされるかと思い、敢えてハッピーエンドという言い方をしてみました。
親を施設に入れるのを親を売る、と表現するのはまことにぴったりした感じがします。私も古い人間だからでしょうね。

2008/11/22(土) 午後 7:01 [ 遠い蒼空 ]

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親を捨てなければならないほど飢えた経験がない私は、この作品は読んだけれども、本当に理解しているんだろうか、と疑問を感じることがあります。
『楢山節考』にあるような、集落全体の慢性的な餓えを、実感を伴って理解できる人は、今の日本にどれほどいらっしゃるのでしょうね。

2009/12/4(金) 午前 0:27 山田ギョクト

皮肉なことに、飢えのための親捨てが飽食の時代に形を変えて行われるようになりましたね。

2009/12/4(金) 午前 6:35 [ 遠い蒼空 ]

これ、読んだけど、わかんなかった。
そうまでして、人は、生きて行かなければいけないものでしょうか? 親を捨ててまで…。
次の世代の人を生かすことが、何よりも大事なのでしょうか。教えを乞いたかった。

2010/8/7(土) 午後 10:04 [ onkun ]


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