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ネルヴァルはロマン派の時代を生きた。
フランス19世紀前半のロマン派はバルザック、スタンダール、メリメ、ジョルジュ・サンド、ユゴーなど、以前はよく読まれた作家が多いが、今はどれほど読まれているのだろうか。 スタンダールもそうだが、ネルヴァルは死後、忘れられた詩人になっていたのが、20世紀になってから再評価され、今では19世紀の代表的作家のなかに並んでいる。 忘れられてゆくロマン派の詩人にラマルティ−ヌがある。 最初のロマン派の詩人、「瞑想詩集」により抒情詩を復活させ、以後、多くの優れた詩を残した。 政治にも進出し、1848年の2月革命の際には外務大臣になっている。1851年のクーデタで失墜。 晩年は借財返済のため小説を書いた。 翻訳は最近はされていないのか、検索したら、お菓子屋さんの名が出てきた(笑)。 「グラツィエラ」という小説の古い翻訳を持っている。「青春の画像」という題名、桜井成夫訳。 私は19世紀末に出た10巻の小型の作品集を古書店で手にいれて読んだ。 ネルヴァルほどではないとはいえ、流麗な文章だが、現代性はないのかもしれない。 ラマルティーヌの「人生は死によって開かれる未知の歌への一連の前奏曲である」という言葉がリストの「前奏曲」のタイトルに使われている。 |
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2007年01月10日
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もっと読まれていいフランスの作家です。
詩は難解ですが、いい小説を書いています。 「シルヴィー」という短い作品は大好きな小説の一つです。素晴らしいフランス語。読んでいると恍惚としてきます。 翻訳は早くからあるのですが、文章の魅力を伝えていないのが残念です。翻訳全集は二回も出ています。 「シルヴィー」だけでも読んでみて下さい。 新しい全集の帯には「奇蹟の名作」と書いてあります。僅か40頁足らずです。 ただ、遺憾なのは、中村真一郎の訳も入沢康夫の訳も、出だしの一行が正確ではありません。なぜだか分からない。大学で学生さんから質問をされました。なぜ出だしに半過去形が使われているのか、という基本的な質問です。これははっきりした答えがあるのです。 翻訳は読みやすさを考慮したのでしょうが。 「オーレリア」も昔から訳されていて、これは幻想的な名作です。「夢は第二の人生である」で始まるんだったかな。 太宰治の「フォスフォレッセンス」はその言葉だけで書かれたような作品ですね。太宰は読んでいたかどうか分かりませんが。 |

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35年、教員の仕事をしていた。
所謂、「でもしか」教員である。大学院に入ったのはもっとモラトリアムの期間を持ちたい気持ちからだったと思う。本を読み、小説を書いて、職につくのを先延ばしにしていた。親不孝なことだった。 尤も、院に入ってから分かったのだが、職業選択の幅が狭くなってしまった。教員くらいしかない。それも大学の教員になるには、当時は主任教授の腕次第で、あいにく私の主任教授はそういうことには全くタッチせず、平和運動?に忙しいようで、院生の面倒はみない人だった。 今もそうだろうが、大学は公募を建前としながら、コネ優先だった。別の人の推薦で地方の小さな大学に着任した。教える技術はない。バイトで個人的にはしたことはあるが。 大学の講義は(よくサボったが)いろいろ聴いていたから、そのなかで手本を探して教える方法を身につける以外にない。 まず、分かる授業をしたかった。これは意外に難しい。分かろうとしない学生さんにはどうしても分かってもらえない。分かりやすい言葉を使い、専門用語を避けるようにはしたが。 で、授業後に限らず、授業中でも、「質問はありませんか」ということを繰り返し言った。質問するのは勇気がいる。質問好きという学生さんもいる。非常勤講師として何校かへ行った。質問好きの率はどこもあまり変わらない感じだった。母校が一番、率が低かったが。質問を促しておいて、それは分からないという答えをしたことはけっこう多い。教員は普通、上手く応えるのだが、知らないことは知らないというしかない。自分の無知は承知している。分からないことは調べて、次回に答えたりもした。頼りない教員と思われていただろう。 さて、質問はありませんか(笑)。 |
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