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ネルヴァルがあまり読まれないと書いたが、そもそも外国文学が以前より読まれていないのだと思う。
古典的になった作家もどのくらい読まれているか分からない。専門に外国文学を選んだ人たちは別にして、一般読者はヨーロッパ離れをしているのではないかという感じはかなり前から持っている。 世界文学全集の類いが出版されなくなっている。当然、出しても売れないという判断からだろう。本屋に並ばなければ読まれない。 一昔前(いや、もう三昔前か?)には名前だけでも知られていて、有名だと思われていた巨匠たちが顧みられない現象が起きているのではないか。 フロベールを読むのは小説家か研究者だけなのは以前から変わりないだろう。それは日本だけではない。 スタンダールはもっと一般的に読まれていたような記憶がある。 ヒーローの名前が通用した。例えば、ラスコーリニコフは今でも通用しそうだ。では、ジュリアン・ソレルは?となると心もとない。「赤と黒」の主人公の名前。 恋愛小説の古典、不倫小説の名作のカッコいいヒーローなのだ。 「パルムの僧院」のわくわくする面白さを知らない人となるともっと多いような気がする。 フランス文学では、「異邦人」のムルソーなら通用しそうだ。 不倫小説は盛んだが、本家のフランスのずらりと並んだ不倫小説には目が向かないらしい。 改めて、スタンダールは面白いと断言しておきます。 |
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2007年01月12日
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勤めているとお付き合いというものが欠かせません。特に同僚との付き合い。
呑みに誘われることがよくありました。 そのうち、カラオケが普及するようになり、呑む、そして歌うことがセットになってきました。 初めの頃は歌う人は限られていましたから、歌わないで通すことができました。 歌(歌謡曲)はよく知っていましたから、下手でもよく歌うなぁ、と内心思っていましたが。勿論、巧い人はいます。 それとは別に、学生さんとのコンパというものがあります。 これにも歌わない方針でいたのですが、マンガのゼミを始めるようになって、コンパが盛り上がって、多少は歌わざるを得ないようになり、仕方なく古い歌で誤魔化していました。前にちょっと書いたのですが、私は声が低く、一オクターブくらいしか出ないので、歌は好きですが、人前で歌うのは無理なのです。 専ら、フランク永井や渡哲也の歌を歌いました。勿論、下手くそです。 偶然、守屋ひろしの「僕は泣いちっち」を歌ったら、知らない歌ながら、学生さんにウケたので、それが持ち歌(笑)になりました。 「ブルーシャトー」も歌いました。 ある年の春先、喉を痛めて、暫く声が出なくなり、以後はあまり歌っていません。その頃にはカラオケハウスもできていましたが。 |
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吉行はエロいことを書いた作家だと思われているのかもしれない。 誤解されやすい作家であることは確かだろう。 読んだことのない方、読んだけれど面白くなかった方で、また読んでみたい方に、最初に薦めるのは多分、この短編集がいいと思う。 題名どおり、子供(未青年)が主人公の作品。
集英社文庫で、解説、年譜があるので、便利です。 |
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いつごろから新聞を読むようになったか。 記憶は曖昧だが、小学生5,6年か、中学に入ってからだろう。 家では普通の新聞一紙と、「名古屋タイムズ」という夕刊紙を購読していた。 (母は死去したあとだから、父が選んだのだろう。父は公務員。当時の公務員は薄給であった。父は読むのは好きだったが、私に本を買う小遣いをくれるためか、自分では本を買う余裕はなかったようだ。そのころからか、もっと後か、週刊誌を二誌購読していた。) 「名古屋タイムズ」が面白かったためだろう、新聞を読む習慣ができた。 四コママンガが載っているが、大人向きだし、マンガは別に買っていたので、マンガに釣られて読んだのではないような気がする。 どういう記事があったかは全く記憶にない。が、とにかく読んで面白かったのだろう。普通の新聞も読んでいたが、何を読んでいたかはおぼろげな記憶である。 中学の時に読んだ、1956年のハンガリー事件ははっきり憶えている。 そのうち、新聞を読まないと落ち着かないように習慣づけられてしまった。 忙しくて読めなかったりすると、気になって困る。読まない新聞が溜まってしまう。 新聞など読まなくてもどうでもいい、という気持ちになれたのはつい最近になってからである。 数年前、名古屋タイムズ社の近くに私用があって行った。社屋は古びていたが、懐かしかった。
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