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1 失われた夜
私はある劇場を出るところであった。そこの桟敷に夜毎、私は、恋する男にふさわしい身なりで現れていた。館内は時には満員であり、時にはがらがらだった。三十人くらい義理で駆り出された芝居好きだけで埋まった平土間や桟敷を眺めることには興味がなかったし、あるいはまた、各階すべてが花飾りの衣装、きらめく宝石、晴れやかな顔ばかりの、活気に満ちた劇場のざわめきに同化したいとも思わなかった。館内の光景には無関心だったし、芝居もほとんど私の関心外だった。
ただ、その頃、傑作と言われていた陰気で退屈な作品の第ニ、あるいは第三場で、よくしられた一人の女優が登場して、空虚な空間を輝かせ、私を取り囲んでいるいくつものうつろな顔に彼女の一息、または一言で生気を与える時は話は別であった。
私は自分の生き甲斐を彼女のうちに感じていた。彼女はただ私だけのために生きていた。彼女の微笑みは私を限りない陶酔感でいっぱいにした。とても甘いのに力強い彼女のふるえ声は、私を歓喜と愛とでわななかせた。彼女は私にとってあらゆる完璧さを備えていて、私のどんな熱情にも、どんな気まぐれにも答えてくれるのだ。下から彼女を照らすフットライトを受けると昼のように美しく、フットライトの明かりを落とし、上からのシャンデリアの光に照らしだされ、より自然な姿を見せる時には夜のように蒼白く、彼女一人の美に包まれて輝くその姿は何とも言えないものであった。
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