遠い蒼空

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文語文 ケータイ投稿記事

文語文は佐藤春夫で終わった、と言ったのは山本夏彦だが、佐藤春夫以後でも文語文を自在に書ける人は多かっただろう。大正生まれはもちろん、昭和生まれでもそうした訓練を受けた人々は文語文を普通に書くことができた。
それが、戦後教育が浸透するにつれ、口語で、形式なしで書くことが望ましいとされ、文語文は衰弱し、滅びた。
国語改革がそれを更に徹底したものにした。
私たちの世代は高校の国語の時間に古文として学習した。文語文の面白さはそこで初めて教えられた。(古文、現代文という区別自体、既に差別的だ)
しかし、文語文の美しさは鑑賞はできても、文語文を書くことはもうできなかった。
今の世、文語文を自在に駆使できる人はよほど特殊な教育を受けた人以外にはいまい。
私たちは滅びた文語文で創造をすることはもうできない。樋口一葉のような小説は書けないのである。
ところが、文語文が生きているかに見える世界が存在する。俳句、短歌の世界である。そこでは伝統を冷凍保存したのか次々に創造がされる。創られたものの良し悪しは分かる。文語文は滅びても、定型だけは生き残ったとみなすべきだろうか。

話は変わるが、高校の頃、私は古文を読む、それも声に出して読むのが好きだった。
好んだものは「平家物語」や「方丈記」。リズム感のあるものが好きだった。
俳句は萩原朔太郎の本を読んだため、与謝蕪村を好んで読んだ。短歌では啄木に一時夢中になった。
国語の時間に戯れに教師に質問をした。啄木の歌はどの程度のものか、と。教師は適当に誤魔化した。
茂吉など伝統的な短歌比べ、私は啄木の短歌は新しい三行詩だと思っていた。
啄木の真似をしてみたりしたが、これも文語文の素養がなければ無理だと分かった。
短歌は30代に「伊勢物語」が面白くなって何度も読んだ。
結局、私は文語文をしっかり学ぶことはなかったというわけだろう。

次の文章を読み、そのテーマを 100字以内に纏めよ。この小説のテーマは何でしょう。
そうしたことが教育の場で行われることが多いです。
文章の内容をよく把握しているかを見るには手っ取り早いからでしょう。
しかし、小説などは纏めることで得られるものは少なく、纏めてそれでおしまい、というのは小説の読み方としてはまずいのです。
優れた小説ほど、そうした纏めを拒否していつまでも心を揺さぶり続けるものです。
感想を書くのも纏めるためならば止めた方がいいでしょう。細部にわたってよく読みこなすために書くのならば意味はあるかもしれません。
纏められるようなものなら、その纏めを読めば済むわけで、纏められないところに面白さがあるのです。
小説の細部について話し合うのは、読んだ人それぞれが感銘したところが微妙に違っていたりして興味深いものです。

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