遠い蒼空

末期ガン患者入院記録

私立吉行淳之介研究会

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銀座百点(12 ) ケータイ投稿記事

1983年 349号。
銀座サロンは、ゲスト東海林さだお、ホストはいつもどおり。
タイトル「ショージ君のラーメン道」、一部引用。

吉行 …あなたは機械の回転が遅いだろう…内蔵されてる臓器のこう…(笑い)。
東海林 ええ、反応がすごい鈍いんですよね(笑い)。

吉行 いや、頭の回転が遅いって言ってるんじゃないよ。なんか体の中に大きな歯車が入っててね、それがゆっくり動いているような感じがする。
東海林 なにか質問をされると、その質問を抱えて、一回家に帰って(笑い)そして翌日、よく考えてご返事するという感じになっちゃうんです。
吉行 それも慎重なわけじゃないんだ。
東海林 ええ、咄嗟っていうのがダメなの。
小田島 女優でいうと、大竹しのぶがそうですね。
吉行 そういえば顔つきも似てんじゃないの。
東海林 田舎臭い顔がですか?(笑い)
吉行 ひがむとこあるんだなあ。
円地 漫画はお小さいときからですか。
東海林 中学生ぐらいのときから。
小田島 そのころは、誰でした?
東海林 やっぱり手塚治虫さん。新鮮だったですね。アメリカってのが入ってきた時代と同時なんです。

小田島 手塚さんの日本文化に与えた影響というのは、たいへんなものですね。
東海林 やっぱり、どこかに影響受けていますね。
吉行 ぼくたちは「のらくろ」「冒険ダン吉」、この二つだね。
小田島 漫画家は長生きする人が多いんじゃない?やっぱり、頭つかって手を動かしているのがいいのかなあ。
東海林 気が若いってのがありますよね。好奇心が旺盛。
吉行 それは小説家も同じだけどね。
円地 小説家はあまり長生きしませんね。あんまり書いてて楽しいってことないでしょう。
吉行 少なくとも、われわれはね。でも、楽しそうな人いますよ(笑い)。もう一軒ハシゴしようか、というみたいにもう五枚とかいう感じで書いてる人いますよ。文章読めばわかる。
円地 それは長生きすると思うわ(笑い)。 

吉行 東海林さんはラーメン道の家元だから(笑い)、ラーメン道を聞きたいんだけど…。

吉行 いや、ぼくは東海林さんの文章を「オール読物」でいつも愛読してんだけど、まったく感心したのは、ラーメンの食べ方っていうのなんです。あれは長く歴史に残る文章だね。
東海林 そうですかあ…(笑い)。
吉行 かいつまんで言いますと、まず、チャーシューを斜め上に移動させて、常にそれを慈悲深い目で眺めながら食べる。なかなか食べないけれど、「君のことは忘れてないんだよ」という目で見なきゃいけない。
東海林 で、ときどきいじってあげる(笑い)。
小田島 女と同じだなあ(笑い)。
吉行 そして、ハイライトは、おつゆをどのくらい残すべきかと。全部カランカランに飲んでしまうのは品が悪い。残し過ぎるのはもったいない。で、丼の底から…、あれは三センチ?
東海林 二センチ。
吉行 そしてしかも、ナルトを食い残す、わざと。
東海林 残りの美学(笑い)。

銀座百点(11 ) ケータイ投稿記事

1983年、347号。
銀座サロンは、ゲスト吉村昭、ホストはいつもどおり。
タイトル「秘話・凧と戦争」。冒頭部分を引用。

吉行 ぼくは吉村さんと三つしか年が違わないんだな。でも長いこと、かなり年下かと思ってた。というのは、ぼくの家へ津村(節子)さんと二人でみえたでしょう。あのときはもう結婚してたの?
吉村 結婚してすぐだと思いますよ。かれこれ三十年前くらいですね。
吉行 石川利光さんの紹介で、「きみに似たタイプの青年がいるから会ってやれ」と言われてね。あのときはもう既成作家だったかな。
吉村 いいえ。ぼくが初めて芥川賞の候補になったのは三十歳ですから、まだ同人誌に書いていただけで…。
吉行 じゃ修業の身だね。
吉村 そうですよ。
吉行 そういう感じだったもんだから、だいぶ年下の気がしてね。「青い骨」という結核で骨取られる話なんか、たしかにぼくの感覚に似ているんですよ。二度ほど見えましたね。
吉村 女房と一緒に行ったのは二度目だったと思うんです。最初行ったときは一人で、学生服を着ていたかもしれない。ぼくは結核で、学校遅れてましたから。
吉行 学生服のせいなんだな。六つや七つは違うっていう気がしていた。 
小田島 学校は何年遅れたんですか。
吉村 二十歳から二十四歳まで寝てまして。それから新制大学になった学習院大学に入ったんです。
円地 吉行さんは、結核で何年ぐらい入院してらしたの。
吉行 ぼくは一年だけです。外科患者は三ヵ月で退院しなきゃいけない時代だったんです。吉村さんのような本格的な人は内科患者っていって、序列が上で、いつまで居てもいい。でも、ぼくは原因不明の熱が出て一年居たわけです。九度何分の熱が四十日続いた。
円地 そんなに高い熱がねえ。
吉行 脈拍が百二十。四十日間。
吉村 すごいですねえ。よく生きてましたねえ。
吉行 みんな死ぬと思ったらしい。ぼくだけ死ぬってぜんぜん思わなかった(笑い)。二十代って、体が思わないんだろうな。
吉村 ぼくは発病が十九歳で、手術するまでの半年間で十六貫の体重が九貫五百になっちゃったんです。
円地 半分に近いですね。すごいわねえ。
吉村 腸結核になったんです。
吉行 いまだったら腸結核はいちばん治りやすい。
円地 昔は腸結核になったらダメだっていわれてましたねえ。
吉行 九貫五百まで痩せると、頭蓋骨の継ぎ目が分かるでしょ。
吉村 分かります。
吉行 それから鼻が痩せる。鼻にも肉があるんだよ。ぼくは腸チフスのときそうだった。
吉村 手なんか、皮膚の下の毛細血管が全部浮き出て、青と赤で交通網の図みたいになっちゃった。
吉行 その体験はないな。人体模型の動脈が赤、静脈が青、あれみたいになっちゃうの。
吉村 そうなんです。きれいなんです。惚れ惚れ見ちゃう。
吉行 惚れ惚れしてる場合じゃないでしょ(笑い)。ほんと「青い骨」の世界だね。

銀座百点(10 ) ケータイ投稿記事

1983年 345号。
銀座サロンはゲスト、奈良岡朋子。ホスト役はいつものとおり。
タイトルは「絵ごころと芝居ごころ」。冒頭の一部を引用。

吉行 奈良岡さんとは二十年ぶりぐらいですね。
奈良岡 憶えていらっしゃいますか。銀座の、全線座あたりの横を入った中国料理屋でご馳走になって。
吉行 あ、そうか。ぼくの記憶では六本木の四川飯店だとばかり思ってた。
奈良岡 六本木は別の方でしょう(笑い)。あのときは石田早苗と和子と…ごめんなさい、いつも和子って言ってるもんですから。
吉行 なんでああいうことになったんだろう。
奈良岡 とにかく、わたしたちはすごく貧乏でね。吉行さんはお金持ちだったんです、わたしたちから見れば。
吉行 そうそう、あのころ、ちょうど週刊誌の連載小説を書き出してお金が入り始めたころなんだ。それに、ぼくは奈良岡さんという人に会ってみたかったんだな。
円地 それでご馳走したのね。
奈良岡 おいしいもの食べたいから兄貴をそそのかしてって…。そうしたら「よろしい」と。
吉行 「食わしてやる」か(笑い)。
奈良岡 おいしかったんです。あのころ丸テーブル囲むなんてことなかったですから。
小田島 だけど、女優をご馳走するなんていい気持ちでしょう。そういうの、やっぱりタニマチって言うのかな(笑い)。
吉行 妹がらみだからねえ。
奈良岡 なんか女優という感じじゃありませんでしたね。なんとなく貧乏学生を養ってやるという感じでしたね。
吉行 奈良岡さんのほかの二人はそのとおりだったけど。あれ以来ですね。やっぱり業界が違うと会わないものですねえ(笑い)。
奈良岡 和子の舞台は全然観ないんですか。
吉行 観ない。民芸にいるとき泣く泣く二つ観た。
奈良岡 泣く泣くとはねえ(笑い)。
小田島 円地さんは、新劇はあまりご覧にならないですか。
円地 ええ、このごろはね。これでも、初めは新劇の出だったんですけれどね。あたしの処女作といってもいいと思いますが、「晩秋騒夜」っていうのを築地小劇場で演ったのが最初なんです。古いですよね。
奈良岡 わたしは築地小劇場は全然知らないです。
吉行 しかし、肉親の舞台観るって嫌なもんですよ。
奈良岡 そうですか。
吉行 気持ち悪いよ。でも、あれ好きな人もいるみたいね。

奈良岡 … 両親ともに必ず観に来ますね。でも、親の感覚で観るんじゃないんです。わたくしの父なんかは、とても意地悪く観ますね。
小田島 厳しいこと言われる。
奈良岡 厳しいです。やっと「まあ、いいかなあ」と言い出したのは、二十年以上経ってからです。それまでは「なにやってるんだ」っていうことしか言いませんでした。
吉行 親は違うみたい。
奈良岡 そうですか。そういえば、うちの兄は観ませんね。
吉行 そうでしょ。なんか妹っていうのは…。
小田島 なんかあるのかもしれない。人前にさらしたくないとか…。
吉行 ぼくのお袋なんかは、もう喜んで観に行ってる。

銀座百点(9 ) ケータイ投稿記事

1983年、338号。
銀座サロンは、ゲスト太地喜和子、ホスト役はいつもどおり。
タイトルは「色っぽい女優」。

円地 でも、ほんとに太地さんの舞台は好きだわ。
吉行 円地さんは、あなたのこと、すごいご贔屓なのよ。
太地 どうもありがとうございます。
円地 色っぽくてね。このごろ色っぽい人いないのね。女形でもそれほど…。

吉行 やっぱり、ほめられて育つっていうところがありますな。
円地 そうそう。あたし、ほめられるの大好き(笑い)。
小田島 喜和子は、どうほめられるのがいちばんうれしい?「色気がある」とか「美しい」とか「うまい」とか。
太地 「美しい」なんて言われると、嘘ばっかりって…。すぐわかっちゃうからだめなんですけどね(笑い)。「情感あふるる」とか、なんかそういうの好きなんですよ。
「お上手ですね」なんて言う人がいると、この人、わたしのこと軽蔑してるんじゃないかしら、なんて思っちゃうんですよね。
吉行 その言い方いやだね。
太地 「うまい」とか「役になりきってる」とか、そういうのはいやなの。
小田島 やっぱり、どこかで太地喜和子が出ていてほしいわけね。
太地 ええ、そこに生きてるって感じでありたい。
吉行 なるほど。なりきるのはダメなのね。
太地 「役づくりがうまい」とか、そういうんじゃないと思うんです、わたしは。

吉行 そのほめ方、今後の世渡りのために少しこだわるけど(笑い)。ほかになにか…。
太地 「熱演だ」っていう言葉もあんまり好きじゃないんです。
円地 そうでしょうね。あたしも好きじゃないわ。
吉行 それが嫌いなのはわかりやすいけど、「役づくりがうまい」っていうのがきらいっていうのは、ちょっと間違えそうだ。
太地 つくりましたっていうのが、見えちゃいたくないんですよ。やっぱりその中で、生きたいんですよね。
吉行 「うまくつくって、その中で輝いた」ってのはどうですか。
太地 そう、そこまで言ってくれればいい(笑い)。

円地 でも「色っぽい」っていいでしょう。
太地 それは、うれしいですよ。
円地 このごろの若い人は「色っぽい」って言うと、変なふうにとるのね。あたしの「色」の中には、いろんなものが入っているのよね。セックスだけのものじゃないんですよ。
小田島 「華がある」といったような言い方ですね。
円地 そうですね。あたしの言葉では、「色っぽい」というのは、「華がある」ってことと同義語です。

太地 ダメな男が好きなんですよね。
円地 ダメなって、どういうの?
太地 コンプレックス持ってる人。きちんと建設的に生きようということで、自分のいままでやってきたことを守ろうとするだけに懸命になってる人がいま多いんじゃないんですか。
円地 それがいやなのね。
太地 それだったら、ひとり身でいたほうがいいなあと思っちゃうんですよ。
吉行 あれはあれでほっときゃあいい、と。
太地 ええ、わたしがいなくても大丈夫って。で、わたしがいなければ、この男はダメになる、と。そういうのがいいなあ。

銀座百点(8 ) ケータイ投稿記事

1982年 337号。
銀座サロンはゲスト、暉峻康隆、ホスト役は円地、吉行、小田島。
「酔談・艶談・怪談」というタイトル。

暉峻 私、幽霊の研究をしてるんです。写真から円山応挙から、あらゆる幽霊の絵をスライドにして。
円地 ご自分はごらんになったことないの?
暉峻 いや、だから調べるしかないんです。一ぺん幽霊に会ってみたい。

暉峻 幽霊というのはみんな寄ってたかってつくったんです。芸術家の悪だくみですよ。謡曲の世話物から始まって、江戸時代に入ると、西鶴や近松は幽霊をこき使ってる(笑い)。
吉行 そこまでわかっておられたら、会えっこないですよ。
暉峻 そして円山応挙が足のない幽霊を描き始めて…。
吉行 応挙以来ですか、足がないのは。
暉峻 応挙はリアリズムだから、幽霊らしくするには足があっちゃまずいと。西鶴の挿し絵なんかをみると、あのころは足があるんです。

暉峻 それで人形浄瑠璃とか歌舞伎に出るようになって、経帷子を着せ始めた。
円地 幽霊の裾は細くなってますね。普通の引きずりじゃない。
暉峻 そうなんです。それで演出がおもしろいんです。歩けないから、そろばんの上に役者を乗っけて、なんとなく動いてるとこ見せたりする。ただ若い娘が、生きているうちに好きな人と寝られなかった、それが会いに来るのは足がある。
円地 それで「牡丹燈籠」のお露は、カランコロンになったの。
暉峻 だから、幽霊だって必要に応じて足つけた(若い)。
吉行 外国はすべて足があるでしょう。そのへんは発想が違うんじゃないの。
小田島 だいたい人間臭いですね。ハムレットのおやじの亡霊なんてのは、自分を裏切って弟と結婚した女房にまだ惚れてる感じでしょう。あいつはいいから、弟にだけ復讐しろって言うんだもの。
吉行 外国には男の幽霊が出てくるけれど、日本では男の幽霊はさまになりませんね。
円地 あれは女に限りますね。
小田島 美人じゃないと出られないんでしょうかね。
暉峻 目方がある。だいたい四十キロ以下でないと出にくい。
吉行 ハハハハ、なるほど、目方ね。
暉峻 あたりまえですよ。六十キロ以上の、水泳して痩せたいという人が出たって、誰も怖がらない。

円地 幽霊になると強くなりますね。「四谷怪談」のお岩さんなんか、生きてるときはなんだかひどくいじめられてる女ですけど。
暉峻 でも、伊右衛門てえのはいい男ですよ。ぼくは、吉行さんは伊右衛門だろうと思う。
小田島 世之介じゃないの。
暉峻 世之介なんて、あっさりしてますよ。つまり、お岩がその晩から出るんですよ。明日の晩まで待っちゃおれない(笑い)。それに伊右衛門は絶対に悪かったとは言わない。
吉行 そう、絶対言わないですね。
暉峻 「業が尽きたら成仏しろ」とか言って、ノイローゼになっても負けたとは言わない。男ってものは、女に最後まで闘う勇気を持たせるのがほんとうの男。わかった?
吉行 わかりました。ためになります。
暉峻 いきなり謝っちゃったら、お岩は明日の晩からどこへ行こうかということになる。
円地 迷うわね。
吉行 なるほど。謝らないのは向こうのためでもあるんですね。
小田島 やっぱり男らしいんだ。
暉峻 男らしいってことは、女に最後まで期待を持たせること(笑い)。
吉行 そこまでは気がつかなかった。

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