遠い蒼空

末期ガン患者入院記録

大学に関したこと

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一部引用。

「ある一流大学で、ドイツ文学を専攻する学生が、ここ数年いなかった。ある教授がたいへん努力してや

っと一名を今年は確保した、という話をいつぞや耳にした。

哲学科や国文学科にも学生が集まらないという嘆きも聞く。

また、新しい教育基本法には哲学がないという批判がある。・・・

京都大学の教授に質問してみたことがある。文学部はきちんと人文系学問を教えていますか、と。する

と、「今どきの流行は国際・情報・環境などで、こういったラベルで看板を付け替えていかないと予算が

回ってこないという事情がある。民俗学は崩壊状態で学科の名称から消えつつあり、史学科も伝統的な

歴史の区分けでの研究が難しくなっている。見栄えのよいラベルと評価受けのよい外向けのメニューは

並べ立てられるが、内容は反比例して空疎になっている」とのことだった。

星の王子様のことばではないけれど、「大切なものは目に見えない」。いま心ある人びとが一番危惧する

のは、モノではなくココロ、日本人の精神の問題である。

それなのに大学という教育研究機関で、関連分野が衰退しつつあるのは、日本という国の質に関わる大問

題ではあるまいか。ITなどのモノづくりが不可欠なことは否定しないが、それを裏打ちするココロが

感じられない。・・・」

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単位の認定

教員の権限に単位の認定がある。所定の単位を取らないと学生さんは卒業できない。

必修科目を担当した場合、そして学生さんの側に選択の余地がない場合、もし、ある教員がある学生さん

を卒業させないという意地悪をしようと思えば、永久に1科目のために卒業できないことが起こり得る。

それに近い事態を知っている。1科目のために1年余計に在学しなければならない。

最初、それはけっこう難しい科目なので、学生さんの不勉強が原因であろうと思っていた。学生さんの間

にも難関だという噂があることも聞いていた。

ところが、ある信頼できる筋から聞いてしまったのである。その教員は出講している他大学で、同じ講義

を持っていたのだが、講義の説明が下手くそでわけが分からない、と言われているとのこと。それは担当

教員の責任という他ない。

ある会議で、「単位認定の基準を決めよう、7割は認定するというような」と発言した教員があった。そ

れはできるだけ多く単位取得者を、という意図ではあったが、単位を取ることができるように教えるのが

筋ではないか。基準を決め、3割は必ず落とすというのだろうか。欠席者が多くなるのも問題は教え方に

ある。全部の受講者が理解できることが理想である。マニュアルは要らない。教員が工夫するしかない。

難しいことではあるが、脱落者を生み出すのは教員の側に問題があることが多い。

依然として、教員という立場の権力的なことに鈍感な人々が少なくない。

教養科目

教養過程というものが戦後の新制大学につくられた。

それがなくなってゆくのを大学に勤めていた後半、自身の目で見ることになった。

教養学部という2年間の専門過程へ進む前段階が次第に崩壊していった。

縦割りのカリキュラムと言って、専門過程が教養過程と混じりあう。それが初めだった。

教養科目は普通、人文科目、社会科目、自然科目、それに語学、体育があった。

90年代あたりからか。教養科目を削減する流れが急速になってきたのは。

語学は昔は短大でも第二外国語を履修することになっていた。

私の退職時には英語さえ履修すればすむようになっていた。

文学が一年間4単位ではなく、半年間2単位にされた。

私は経済学部の所属であったが、カリキュラムは経済専門学校のようになっていた。

一部には教養の必要が問われ始めてはいたが、大学は効率主義に汚染され、生き残りになりふり構わぬ

姿勢を押しとおした。

大学は実学の場所ではなかった。語学、それも読むための勉強をメインにするのが正常であった。

教養軽視の結果はもう表れているように思う。
35年、教員の仕事をしていた。
所謂、「でもしか」教員である。大学院に入ったのはもっとモラトリアムの期間を持ちたい気持ちからだったと思う。本を読み、小説を書いて、職につくのを先延ばしにしていた。親不孝なことだった。
尤も、院に入ってから分かったのだが、職業選択の幅が狭くなってしまった。教員くらいしかない。それも大学の教員になるには、当時は主任教授の腕次第で、あいにく私の主任教授はそういうことには全くタッチせず、平和運動?に忙しいようで、院生の面倒はみない人だった。
今もそうだろうが、大学は公募を建前としながら、コネ優先だった。別の人の推薦で地方の小さな大学に着任した。教える技術はない。バイトで個人的にはしたことはあるが。
大学の講義は(よくサボったが)いろいろ聴いていたから、そのなかで手本を探して教える方法を身につける以外にない。
まず、分かる授業をしたかった。これは意外に難しい。分かろうとしない学生さんにはどうしても分かってもらえない。分かりやすい言葉を使い、専門用語を避けるようにはしたが。
で、授業後に限らず、授業中でも、「質問はありませんか」ということを繰り返し言った。質問するのは勇気がいる。質問好きという学生さんもいる。非常勤講師として何校かへ行った。質問好きの率はどこもあまり変わらない感じだった。母校が一番、率が低かったが。質問を促しておいて、それは分からないという答えをしたことはけっこう多い。教員は普通、上手く応えるのだが、知らないことは知らないというしかない。自分の無知は承知している。分からないことは調べて、次回に答えたりもした。頼りない教員と思われていただろう。
さて、質問はありませんか(笑)。

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