遠い蒼空

末期ガン患者入院記録

坂口安吾

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途切れ途切れに引用。世阿弥から宇野千代に話がすすむ。
「女の人には秘密が多い。男が何の秘密も意識せずに過ごしている同じ生活の中に、女の人はいろいろの微妙な秘密を見つけだして生活しているものである。・・・微妙な心、秘密な匂いをひとつひとつ意識しながら生活している女の人にとっては、一時間一時間が抱きしめたいようにたいせつであろうと僕は思う。自分の身体のどんな小さなもの、一本の髪の毛でも、僕らにはわからぬ「いのち」が女の人には感じられるのではあるまいか。まして容貌の衰えについての悲哀というようなものは・・・男女のあり方にははなはだ大きな距りがあると思われる。宇野さんの小説の・・・中に「女がひとりで眠るということの侘しさが、お分かりでしょうか」という意味の一行があったはずだが、たいせつの一時間一時間を抱きしめている女の人が、ひとりということにどのような痛烈な呪いをいだいているか、とにかく僕にも見当はつく。このような女の人に比べると僕の毎日の生活などはまるでカラッポだと言っていいほど一時間一時間が実感に乏しく、かつ、だらしがない。てんでいのちが籠っておらぬ。・・・女の人にとっては、失われた時間というものも、生理に根ざした深さを持っているかに思われ、その絢爛たる開花の時と凋落とのるべき距りについて、すでにそれを中心にした特異な思考を本能的に所有していると考えられる。事実同じ老年でも、女の人の老年は男に比べてより多く救われがたいものに見える。・・・女の青春は美しい。その開花は目覚しい。・・・もし理知というものを取去って、女をその本来の肉体に即した思考だけに限定するならば、女の世界には、ただ亡国だけしかあり得ない。」
有名な「日本文化私観」の四 美についての一節を引用。
「・・・美しく見せるための一行があってもならぬ。美は、特に美を意識してなされたところからは生まれてこない。どうしても書かねばならぬこと、書く必要のあること、ただ、そのやむべからざる必要にのみ応じて、書きつくされなければならぬ。ただ「必要」であり、一も二も百も、終始一貫ただ「必要」のみ。そうして、この「やむべからざる実質」がもとめたところの独自の形態が、美を生むのだ。・・・これが、散文の精神であり、小説の真骨頂である。そうして、同時に、あらゆる芸術の大道なのだ。
問題は、汝の書こうとしたことが、真に必要なことであるか、ということだ。汝の生命と引き換えにしても、それを表現せずにはやみがたいところの汝みずからの宝石であるか、どうか、ということだ。」
全くそのとおりだ。私にとっての宝石を書いていくことにしよう。美しくなくとも。

坂口安吾「恋愛論」

文庫版「堕落論」より。

「恋愛というものは常に一時の幻影で、必ず亡び、さめるものだ、ということを知っている大人の心は不

幸なものだ。若い人たちは同じことを知っていても、情熱の現実の生命力がそれを知らないが、大人はそ

うではない、情熱自体が知っている。恋は幻だということを。年齢には年齢の花や果実があるのだから、

恋は幻にすぎないという事実については、若い人は、ただ、承った、ききおく、という程度でよろしいの

だと私は思う。ほんとうのことというものは、ほんとうすぎるから、私はきらいだ。死ねば白骨になると

いう。死んでしまえばそれまでだという。こういうあたりまえすぎることは、無意味であるにすぎないも

のだ。」

「プラトニック・ラブと称して、精神的恋愛を高尚だというのも妙だが肉体は軽蔑しない方がいい。肉体

と精神というものは、常に二つが互いに他を裏切ることが宿命で・・・どちらもいい加減なものである。

人は恋愛によっても、みたされることはないのである。何度、恋をしたところで、そのつまらなさがわか

るほかには偉くなるということもなさそうだ。・・・そのくせ、恋なしに、人生は成りたたぬ。所詮人生

がバカげたものなのだから、恋愛がバカげていても、恋愛のひけめになるところもない。バカは死ななき

ゃ治らない、というが、われわれの愚かな一生において、バカは最も尊いものであることも、また明記し

なければならない。人生において、最も人を慰めるものは何か。苦しみ、悲しさ、せつなさ。さすれば、

バカを怖れたもうな。苦しみ、悲しみ、切なさによって、いささか、みたされる時はあるだろう。それに

すら、みたされぬ魂があるというのか。ああ、孤独。それをいいたもうなかれ。孤独は、人のふるさと

だ。恋愛は、人生の花であります。いかに退屈であろうとも、このほかに花はない。」
探していた安吾の文章をやっと見つけた。
矢田津世子への愛の言葉。これに驚き安吾を読みなおしたのだった。一部引用。
「・・・今から十年前、私が三十一のとき、ともかく私たちは、たった一度、接吻ということをした。あなたは死んだ人と同様であった。・・・毎日毎日、会わない時間、別れたあとが、悶えて死にそうな苦しさだったのに、私はあなたと接吻したのは、あなたと恋をしてから五年目だったのだ。その晩、私はあなたに絶縁の手紙を書いた。私はあなたの肉体を考えるのが怖ろしい、あなたに肉体がなければよいと思われて仕方がない、私の肉体も忘れてほしい。そして、もう、私はあなたに二度と会いたくない。誰とでも結婚して下さい。私はあなたに疲れた。私は私の中で別のあなたを育てるから。返事もくださるな、さよなら、そのさよならは、ほんとにアデューという意味だった。そして私はそれからあなたに会ったことがない。それからの数年、私は思惟の中で、あなたの肉体はほかのどの女よりも、きたなく汚され、私はあなたの肉体を世界一冒涜し、憎み・・・私はあなたが死んだとき、私はやるせなかったが、爽やかだった。・・・」

坂口安吾の恋

安吾に驚いたのはその激しい思い込みの恋愛であった。

どの作品だったのだろう。その思いを書いている自伝的小説がある。

対象を突き抜けてしまうような情熱。

「私はもう疲れた」というふうな表現があった気がする。

探しているがまだ見つからない。

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