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きのう、大阪地裁で沖縄集団自決裁判の本人尋問があった。 作家のOは初めて被告席に立った。 その発言の一部。 問「作家は・・・人を傷つけるかもしれないという配慮は必要ないのか」 O「(傷つけるかもしれないという)予想がつくと思いますか」 問「責任はない、ということか」 O「予期すれば責任も取れるが、予期できないことにどうして責任が取れるのか。責任を取るとはどうい うことなのか」 追記・結果は分かっている。Oを有罪にする度胸のある裁判官はいないだろう。
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近代史・政治関係
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書いても書かなくても人にはどうでもいいことである。ブログを続けられるかどうかも分からない。 それどころではなくなってきている。ならば躊躇うこともあるまい。そう考えて書くことにした。 去年の春、自分のことを書き出した時、「私のこと(5の1)」で次のように書いた。 「私が大学に入ったのは60年安保闘争の年です。 そのことが私を孤立させ、一人で文学を友としようという気持ちにさせたのですが、その点には触れるの をやめておきます。」 この時代の雰囲気を説明するのは難しい。経験した人にしか分からないだろう。 時代は左翼全盛である。大学というところは左翼集団としか思われない場所であった。 私は1956年のハンガリー事件を新聞で読み、ソ連という国の実態を見たように思い、ソ連幻想は持っ ていなかった。大学に入って、新入生歓迎の催しがあった。ある哲学の教授が講演をし、ソ連旅行のこと を語った。ソ連は理想国家だという趣旨の話である。何なんだろう、と思っていたのは私だけだったかも 知れないということがはっきりするにはそれほど時間はかからなかった。 安保改定をめぐって大学内が騒がしくなっていった。 全学連の活動家が教室にオルグに来る。 学生自治会が学内集会を開催する。 話すことは誰が話してもいつも同じである。安保があると戦争が起きる、と脅す。反対だろう。 コミンテルンのことは私は自分で調べて知っていた。 安保改悪というが、どう読んでみても改正にしか思えない。 そもそも安保条約自体に反対なのである。だから、デモでは、安保反対、と叫んでいた。 そして、みなデモに参加するのである。理由はない。まさに「付和雷同」である。 細かく書く気にならない。 左翼はまだ大学内に蔓延っている。マスコミにも。
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戸田一成氏の「日本史が必修ではない不思議」というエッセイから一部引用。 「・・・高校では、世界史は必修だが、日本史は、地理との選択となっている。つまり、世界史と地理 を取ると、日本史を学ばなくても良いのだ。これを決めるとき、誰もおかしいとは思わなかったのだろ うか。・・・現在の制度は、世界史を知ることが国際人としての必要事項と考えた人が作ったのかもしれ ないが、自国の歴史の概要さえ知らない人間が国際人たりえるとは、とても思えない。 ・・・人間は初めに何をまね、ならうのか、それは父母のことであり、祖父母のことであろう、長じて はその延長に自分の所属する社会を学び、国を学び、世界に及ぶのではないか。このように連続的に理解 することで、それぞれの因果関係が理解でき、先人の試行錯誤の体験を現在に活かせる。言うなれば知識 の連鎖とも言うべきものである。歴史においては、特にこの連鎖が重要となる。 ・・・もう一つ歴史の教育には難しさがあるように思う。歴史を古代から現代までの時の流れというよう な認識から、ほぼ例外なく古代から現代へと語られている。これが歴史と言うもの自体を、現実生活から 甚だ遠ざけているように思うのである。私は、個人的には歴史は現在から過去へ遡るべきものと理解して いる。・・・現在の社会を作った原因としての近過去を知ることこそが歴史の要点と思うからである。こ れを繰り返して古代に及ぶとき、歴史は全てが有機的に現在に繋がるものとして理解されるのではないだ ろうか。」 私も父母、祖父母の生きた時代を詳しく知りたくて歴史関係の本を読んだ。原点は記憶である。 漸く江戸時代に遡ってきたところである。
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長崎が原爆の犠牲にあった日。 |

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言うまでもなく、アメリカが人類史上初めて原爆によるジェノサイドを決行した日。 |

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