遠い蒼空

末期ガン患者入院記録

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去年は昭和の美女だった。今年は男。
読者8077人によるアンケート結果。以下ベスト20人。

長谷川一夫、上原謙、石原裕次郎、市川雷蔵、加山雄三、白洲次郎、高倉健、三船敏郎、佐田啓二、長嶋茂雄。
鶴田浩二、吉田茂、石原慎太郎、佐藤栄作、大川橋蔵、池部良、田宮二郎、沢田研二、王貞治、高橋英樹。

50人に入ったなかで、石原慎太郎以外に文学者は、三島由紀夫が22位、大岡昇平、吉行淳之介が47位。

私感。
森雅之、24位。もっと上にいるべき。
大鵬幸喜、34位。若い大鵬はめちゃ美男だった。
吉行はベスト20に入って不思議ではない。

著名人のコメントでは、麻生太郎が白洲次郎を、林真理子が加山雄三を、久田恵が鶴田浩二を、諸田玲子が吉行淳之介を押している。

私の方法序説 ケータイ投稿記事

10年近く前に書いた吉行研究の一部をここに再録。「不在証明としての作品」の方法についての文章。

作品を論ずるということはどういうことか。それが今もってはっきり分からない。
作品の内容について、あるいは作品を素材にして何かを論ずるということは可能であろうが、作品それ自体を論ずるということは可能なことだろうか。さまざまな作品論を読み、つねに感じてきたのはそのことだ。作品の内容を論ずるのがそのまま作品論であるということが前提になっている。
昔ながらの作家論・作品論から二十世紀後半の新しい批評、テーマ批評、構造主義批評、記号論、そしてポストモダンの今日に至るまで、意匠は変わったが、そして、それぞれの理論がそれなりの妥当性を持っていることは分かるのだが、それらの実践としての作品論は私が考えている作品論ではなかった。
あるいは、私は何か勘違いをしているのかもしれない。例えば、一つの小説作品を読みすすめてゆき、次第に創りあげられる作品世界を、そのままのかたちで作品論として記述すること―そんなことは何の意味もないことで、作品論と呼べるようなものではなく、単に読むという行為そのことなのかもしれない。が、そんなかたちの作品論が私にはありそうに思えて模索してきた。
一つの試みとしてだが、作品を「なぞる」ということによってそれができないかと考えた。拠り所としたのは、「引用」によるテクストの創りなおし、それと「テクスト・クリティック」によるテクストの比較である。
吉行淳之介の作品を使ってそれをしてみようと思い立って、既に二十年経ってしまった。脳裏に浮ぶかたちは手が届きそうで、実際に文章化しようとすると、頭にあるものとはかなり違っていて、筆が進まない。入口で足踏みをしている状態が長くつづいている。先はずいぶん遠いが、ともかく、ゆっくり急ぐほかはない。
対象の作品は「星と月は天の穴」、変わりばえしないが、取っかかりとしてはほかに考えられない。当初、それを終えて、ほかの吉行作品へ移るつもりだったが、むしろ、この作品をなぞりつつ、必要に応じてほかの作品へ目配りをすることにした。
「星と月は天の穴」という作品へのこだわりには多少の理由もあって、それはこの小説がなぜだかはっきり分からないのだが、エクリチュールの破れ目というか、継ぎ目のような部分が見えそうな予感のするテクストだからである。一見したところ、「暗室」な方が断片を積み重ねる書き方で、空白の部分が多いように見えるが、実はがっちり組み立てられていて、風通しのよい、隙間のある構造を持つ作品として完成している。「星と月は天の穴」は吉行作品のなかで特に傑出しているわけではなく、私の試みに偶然、適合していると思われたわけだ。
なお、「引用」については、コラージュの方法や、テクストを引用の織物とする考え方と重なるであろうし、「テクスト・クリティック」の方は、旧来の伝統的な本文批評をする能力は私にはない。
更に、私の企図は、分析によりテクストの解釈を求めてゆくものではないことも付け加えておく必要があろう。分析が一見、それに似た外見を取ったとしても、テクストの持つ多様な意味を解明するのが目的ではない。むしろ、意味が現前しない方向へ、テクストの意味が不要になる方向へ進むことが目標なのである。作品をその内容で理解し、判断しないこと。言葉が意味を持つ以上、それは不可能だが、できうる限り、意味から遠ざかってみよう。そこに何が見えてくるのか。おそらく、文章、より正確には文それ自体が、剥き出しの、裸形の文が、以前よりくっきりと現前するはずだ。実現可能かどうかは分からない。分からないからこそ試みるのである。
意味不明の文章が一行もないと言われる吉行の明晰な文章も、言葉の曖昧さから逃れられるものではない。むしろ、明晰さと言われるものが一義性と対立するものであることがはっきりするかもしれない。吉行の文章は分かりやすいが、その解釈を必要としないかに見える明晰さにもかかわらず、テクストが揺らぎ、漂うのは言葉というものの持つ性格から来るものだ。
最後に、ものを書きはじめて以来、変ることのない私の方法的偏向を追記しておく。即ち、すべての文章を断章、覚書に留めることがそれである。つねに答えを求める方向に向かい、結論を導き出すために説得し、結論をつけたいという誘惑を禁ずること。説得し、証明し、結論づけるのは権力的言説であるから(学術論文という制度)、その方向からできうる限り遠ざかり、結論という言説を放棄する。すべては断片である。

もう恋はできない。 ケータイ投稿記事

これまで、三回、恋と言っても間違いない恋をした。
恋に似たものはもっとしたが。
恋の賞味期限は長くて五年、普通三年くらいか。
成就すると覚めるのが早くなる。
私は最初にイデアを見てしまったのかもしれない。
切ない思いをし尽くした。
あとはリピート。
恋をするのも才能が要る。
相手は関係ない。いずれ、恋は誤解から始まるのだから。
エネルギーが枯渇してきている今は、恋はもうできない。

そして・・・無題(笑) ケータイ投稿記事

生きるのに不器用で、小説が好きでも小説家になれるわけではない。
引きこもりをしていられるのは豊かな時代でこそ、昔はそんな余裕はなかった。
勤めざるを得ない。
幸い、自分の好きなことをしていられそうな職に就いた。
が、それが甘かったことはすぐに分かった。給与が安い。雑用が多い。それでも、元来が真面目な小心者だから、頑張る。
寝ないで仕事をし、自分のための勉強をする。
からだは見かけは弱々しいが、悪いところはなく、意外に頑丈であった。 
そういう生活が40近くまで続く。
さすがに疲れが出たのか、41の時から、あちこちと悪くなってきた。それに気がつかず、無理をする。多分、ダウンしていてもおかしくはなかった。
40代後半、一週間くらい動けなくなった。
血圧が中心だが、蓄積した疲労があったのだろう。
これを乗り切った。一ヶ月くらいで原稿を書くことができるようになった。
以後、かなり調子が上がる。
が、55歳になって間もなく、その年はスケジュールが混み、他の事情も重なり、無理をせざるを得ない事態になる。
そのあとは下降する一方である。分かっていても自分のことだけではすまないので、無理を重ねた。
21世紀になり、運にも見放されたのか、年々追い詰められ、60歳で突然、病院入院。
これを乗り切ることは結局できなかった。
若い頃の抱負は今でも心の奥底に潜んでいるが、もう体力がなくなった。
年もとり過ぎた。
無理はおしまいにつながる。
私は何をしてきたのだろう。
もっといい加減に生きていればよかったのだろうか。
自分に頼みすぎたようにも思える。

西條八十の詩 ケータイ投稿記事

他の何人ものブロガーが使ったものを同じようにアップするのもよくないことだろうが、してしまう。
西條八十の「蝶」という詩である。

   蝶

やがて地獄へ下るとき、
そこに待つ父母(ちちはは)や
友人に私は何を持って行かう。

たぶん私は懐から
蒼白(あおざ)め、破れた
蝶の死骸をとり出すだろう。
さうして渡しながら言ふだらう。

一生を
子供のやうに、さみしく
これを追ってゐました、と。

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