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一巻と七巻と十二巻をよく読んだかな。 |
太宰治
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これから読みなおすための書庫です。
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洗ひ浚ひ、云ってしまひます。 |

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太宰のことは少し書いた。 大学に入ってすぐ、太宰に夢中になった一時期がある。 「晩年」に入っている「葉」に魅せられ、以後、ちょうど出ていた新書版全集を読破した。 その後、井伏やチェーホフや、その他の作家が面白くなって、太宰からは離れていった。 時々は読み返していたが、30代以降はゼミで課題図書にする時に読む程度になった。 文章の巧さは第一級のレベルである。何度も全集が出ているというのも漱石と並び、読者が絶えないことを示している。小説を書く上では個性が強すぎて模倣になる虞れがあるが。 特に「人間失格」は変に入れ込むと逃れられない。 私は最初に読んだ時から、大げさな、という感じを持った。カリカチュアとしてなら楽しめる。 戦後のものなら、「ヴィヨンの妻」などの短編の方が好きだった。 が、冷静に読むならば、「人間失格」はよく作られている。 まず、葉蔵という主人公の手記を「はしがき」と「あとがき」で枠構造にし、語り手はその外にいる。 語り手は作者ではない。厳重に葉蔵を囲っていることに注意すれば、囚われることなく手記を楽しむことができる。感情移入は必要だが距離を置くことも必要である。 その上で、手記のおしまいの部分は今の私には身にしみる。 「まさに廃人。・・・ 「廃人」は、どうやらこれは、喜劇名詞のようです。・・・ いまは自分には、幸福も不幸もありません。 ただ、一さいは過ぎて行きます。・・・ ただ、一さいは過ぎて行きます。」 * 追記・佐藤正午の「小説の読み書き」に語り手についての面白い見方がある。
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「文芸春秋」3月号、「芥川賞10大事件の真相」より、一部引用。
「太宰治の「逆行」は第一回芥川賞の候補にあげられ、受賞できなかった。川端康成は選評で太宰にふれ、「私見によれば、作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みあった」と書いた。 太宰は激昂し・・・「文芸通信」に没を覚悟で投稿、同誌十一月号に抗議文が掲載された。 「・・・私は憤怒に燃えた。幾夜も寝苦しい思ひをした。小鳥を飼ひ、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。」・・・ 太宰治はたしかに当時切羽詰まった状況にあった。・・・作品の出来とそれは関係ないという気もする。 ・・・太宰はさらに、自分を理解してくれていると思った、選考委員の佐藤春夫にも・・・手紙を書いた。・・・芥川賞に関して、太宰は不運でもあった。・・・第三回から、以前に候補になった作家は候補にしないという取り決めがつくられたからである(後にこの取り決めは解消)。 そのことを知らなかった太宰は、佐藤春夫に裏切られたと思い、短編「創世記」のなかで佐藤、川端の態度を攻撃した。すさまじいばかりの執念だった。」 |



