遠い蒼空

末期ガン患者入院記録

幻の赤木マリ子を求めて

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という本が出てきた。2000年、雄山閣刊。
亀井好恵という人の著書。
多分、赤木マリ子の情報を求めて買ったのだろう。読んだ形跡はあまりない。
残念ながら、赤木マリ子についての記述はない。
赤城マリ子についてはほんのちょっと書いてある。
女子プロレスの黎明期という章に、1955年、全日本女子プロレスリング連盟が結成された。高まる女子プロレス人気を評して「泥臭くて、田舎っぽくて、わびしくて」「プロレスとストリップの合いの子」と酷評するものもあった、と書いてある。
私がテレビで女子プロレスを観たのは60年代だが、そういう感じはなかった。
ただ、赤木マリ子に変な色気を感じたのだが、基本的には男子プロレスと変わらない試合だった。
赤木マリ子の謎はまだ解けないままである。

全日本女子プロレス ケータイ投稿記事

会長松永高司。
赤木マリ子はそこに所属していた。ジャンボ宮本と同期。
マッハ文朱がジャンボ宮本に勝って、16歳でWWWAの世界王者になったのは1975年。翌年、マッハ文朱は引退。ジャッキー佐藤とマキ上田のビューティーペアが王者になる。この辺りからブームが起きる。1983年の長与千種、ライオネス飛鳥のクラッシュギャルズ。
このあたりまでは何となく記憶にある。

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なぜなのか、女子プロレスというものが珍しかったためか、よく観ていた。夜半だったと思う。
水着スタイルは若い私の官能を刺激し、なぜか弱くて負けてばかりいる赤木マリ子に目がいった。
私にSの気があるとは思えない。当時から、Yに出会った時まで、私はSにはなれなかったから、別の要素が絡んでいるのだろう。
赤木マリ子の出番は少なく、他の女子レスラーには全く関心がなかった。ダウンし、大股を広げていても、何も感じない。好みなのか?でも、もう顔も思い出せないのだが。しなやかな他のレスラーに比べて小柄な感じの肢体がひどくエロティックに思われた。
録画が観たいが、その頃のテレビはNHKでさえ、残っていないものがあるらしいから無理だろう。
古雑誌にでもあたってみるしかなさそうだ。私の下半身は若い頃から頑なで、テレビはまぁ、ある時期までは観ていたが、テレビで官能を刺激されたことは少ない。
ブログで記憶を辿ることを始めて、いくつかの謎は解けたように思う。まだ記憶の曖昧さの彼方に残っているものは多いだろう。

検索してみた。
昭和41年にデビュー、昭和48年に引退。
松永国松夫人ということが分かった。
松永国松を検索する。元ボクサー。全日本女子プロレス解散時に社長だった。
2005年8月17日、飛び降り自殺。63歳。私と同じ年齢だ。
赤木マリ子がその時、まだ松永夫人だったのかどうかは分からない。
一歩前進。
なお、二代目の赤木マリ子がいることも分かった。

別に赤城マリ子というレスラーもいる。これは画像が見られたが別人。

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